ユニリーバは最近、究極の超国籍企業のひとつと呼ばれることが多い。しかし、世界中に分散した当社の事業組織は、現在学界で超国籍企業として知られているような企業になろうという、意識的な努力の結果でできたものではない。1930年に、ユニリーバがオランダーイギリスの会社として創立されたとき、石鹸、加工食品、その他多数の消費財を多くの国で製造していた。それ以来、わが社は主として、無用なものを捨て、有用なものを維持するというダーウィン学説の体系によって、言い換えれば、市場へ対応できる事業を実践することで、進化してきたのである。

 しかし、その過程のいかんにかかわらず、ユニリーバは最も基本的な意味での超国籍企業になっていった。当社ではローカルに行動すると同時に、グローバルに思考している。当社の製品の性格は、まさにローカル市場への適合を要求されるものである。ある機能別部門における規模の経済が、数多くの本社部門を正当化する。また、だれも皆が持っている創造性や経験を利用する必要があるということから、組織を通じての情報交換には洗練された手段が、非常に望ましいことだとしている。こうした要因のすべてが、当社の現在の組織構造に帰結している。つまり、世界中に散らばっている個々のマネジャーのマトリックス組織になっているが、彼らはそれにもかかわらず共通のビジョンと企業戦略についての理解を共有している。

 ユニリーバでは、主要製品を担当する製品グループは、ヨーロッパと北アメリカについての利益責任を負っている。また地域グループはそれ以外の国々について責任がある。わが社のいくつかのブランド、例えばリプトン紅茶やラックス石鹸は、アルバニアやカンボジアなど、ユニリーバ自身が事業所を持っていない国でも知られている。わが社はおよそ75カ国のそれぞれで、1ないしそれ以上の製造・販売会社があり、ユニリーバグループ全体では、約500社に上る会社がある。わが社の場合には、"超国籍で考える"というのは、自立できる事業会社同士の、非公式な形での世界的な協力体制を指す。

 もちろん、企業方針が指示するような方法で、マネジャーが考え、行動するようにさせる、ある種のフォーマルな組織体系は当然存在している。しかし、それと同時にすべての段階で、誰もが柔軟性を志向する価値を共有しなければならない。統合と分散を組み合わせている世界企業では、事業戦略と組織は分かちがたく結び付いており、そして常に、進化しているのである。

 ユニリーバの組織構造は、少なくともある程度までは試行錯誤の繰り返しで発展してきたが、それでも我々は一貫した、永続性のある政策を堅持しており、それが1つのもの、つまり単に問題を分析するよりも、人を管理することの重要性になってきている。ユニリーバを形成した2つの企業、オランダのマーガリン・ユニエとイギリスのリーバ・ブラザーズは、輸出と現地生産によって、事業を拡大してきた長い伝統を有している。当初、現地生産はオランダとイギリスからの派遣者によってほとんど独占的に管理されていた。しかし、ユニリーバはその初期の時代でも、その新しい会社で現地マネジャーの育成と組織の分散化を始めている。しかし、本社もまた、各地に多数分散した事業会社間での共通の文化の必要性を認識しており、そこで働いているすべてのマネジャーたちの「ユニリーバ化」を目的とした、きちんとした訓練計画を作り上げてきた。

 ユニリーバの話は特異かもしれないが、本質的には、共通の文化を共有する広範囲の事業体を、1つの会社がいかに管理するようになったかの一例といえる。当社は、独自の歴史の推移の中で、数多くの変化を成功裡にしのいできた。例えば、最近の30年間だけに限ってみても、ユニリーバのいちばん重要な製品グループである食品事業は2度にわたる大きな組織再編を行った。食品事業が市場の新しいトレンドに対応して、それ自体をいかに再編したかの経緯は、組織的な正規の手続きと管理上の柔軟性を当社がいかに全体的に組み合わせたかを示している。

マーガリンから世界に及ぶファーストフードまで

 1960年代半ばまで、ユニリーバが事業展開を行っているすべての国で、その国を統括する経営陣は、その地域全体の事業所の利益責任を負っていた。製品グループは単に助言するという役割で、ある製品をいかに市場に導入し、流通させるかについての影響力は、基本的には現地マネジャーの態度に依拠していた。その時まで、特に第2次世界大戦中は、食品産業は原材料主導であった。ユニリーバでも、最も重要な原材料は紅茶と食用油の2つで、特に後者はマーガリンと料理用油という会社の主要事業に必要なものであった。

 しかし、原材料の調達があまり重要でなくなったとき、当社の関心の中心は食品保存技術と流通システムへと移行した。競争上の利点から、わが社は冷凍食品を取り扱う物流に進出したが、ユニリーバは世界最大のアイスクリーム会社となり、多数の冷凍食品について、市場での強力な位置を確立した。1966年になって、わが社は思い切って全製品についての責任体制を再編成したが、それには主要なヨーロッパ諸国での食品事業の取り扱い製品も含まれていた。製品グループが利益責任を負う一方で、各国の経営陣は助言者の役割を果たしたが、しかし、業界内の交渉、現地での資金調達、政府との関係のような分野では、通常彼らの助言が決定を左右した。この責任の交替は一見簡単のように見えるが、忍耐と説得のために数年を要し、さらに過去の組織のなごりが消えるにはいく人かの早期の引退が必要だった。

 利益責任を負う新たなグループを設けるにあたって、本社では3つの食品事業部門を創設した。これらは原材料を考慮に入れたものであったが、また流通上の新しい要請に基づいたものでもあった。わが社が設けたのは、食用油グループ、冷凍食品およびアイスクリームグループ、それに食品・飲料グループで、このグループはそれ以外のすべて、主としてスープ、紅茶、サラダドレッシングを担当した。この組織設定は、長期にわたって相当うまく機能し、事実、ユニリーバの食品事業の、特にヨーロッパと北アメリカでの成長に役立った。こうした経験を生かして、わが社は、例えば東アジアでは、思ったよりも早く成長できた。世界全体としては、ユニリーバは主要な食品分野で、市場での強力な地歩を維持してきた。

 しかし、1970年代の半ばから、食品産業はますます消費者主導になってきた。効果的なマーケティングとは、企業の基本的な競争力優位であり、マーケティング努力は低カロリー食品、健康食品、簡便食品、自然な原材料の使用といったコンセプトに向けられるようになった。そのうえ、今や食品メーカーは、特に北西ヨーロッパと北アメリカで、食品小売業における小売業側の継続的な勢力の集中という、新しい挑戦に直面している。