アメリカの経営者の多くにとって、ドイツは理解しがたい国である。資源には恵まれていないし、人口もアメリカの3分の1以下にすぎない。そのうえ、労働コストは高く、アメリカの3倍以上もの有給休暇が与えられ、企業のあらゆる層に強力な労働組合が関与している。それでも、ドイツ企業は主要産業での国際競争力を保っており、アメリカにとって日本に次ぐ脅威となっている。

 矛盾して見えるこのドイツ経済の特質に対しては、全く正反対の評価が下されている。ひとつはドイツ経済を賞賛するもので、競争力を失いつつあるアメリカ経済が見習うべき「モデル」とするものである。この立場の支持者はドイツの良好な労使関係が経済安定の基盤であると指摘し、質の高い労働力を生み出す大規模な職業訓練システムをほめたたえている。また、輸出の推進者として高い競争力を有する中小企業とともに、長期戦略による企業経営を可能にする金融システムも高く評価している。

 もう一方の評価は、新たなグローバル経済におけるドイツの競争力を疑問視するものである。この立場からはドイツ経済は硬直的でグローバルな競争には不向きであること、ドイツの企業・労働組合・政府の良好な関係は労働者への過剰な報酬と保護を意味するとの指摘がなされている。ドイツの経営者は高い労働コストに嫌気がさしており、少数の巨大銀行による金融寡占は革新に不可欠な企業家精神を弱めてしまうというのである。さらに、ドイツの経営者は新時代のハイテクや先端産業よりも、重厚長大型産業の経営を得意とし、このことはエレクトロニクス、コンピュータ、バイオテクノロジーといった主要産業において世界的なドイツ企業が見当たらないことから証明されると指摘する。仮にドイツ経済をモデルとするなら、それは時代遅れであるというのである。

 こうした2つの見方は、いずれも全体が見えていないことが問題である。双方ともドイツ経済の一部分にとらわれ過ぎており、全体をつらぬくダイナミックな論理を見落としている。そして、その中にこそドイツ経済から見習うべきモデルがある。

 この論文では、ドイツ・モデルの本質を包括的に理解するための様々な論点が示されている。あるものはドイツ経済の推進力に関する最近の学術論文から、またあるものはドイツ経済の将来について有力財界人、政治家の考えをまとめている。これらを総合的に検討することにより、ドイツ・モデルがその賛同者が考えるよりは模倣が困難である理由、また批判されるほど新たなグローバル競争に不適応ではない理由が明らかになる。次のような3つの論点が明確なものとなった。

1.ドイツ・モデルは企業と社会、民間部門と公共部門、業界と政策との区分をあえて明確にしない資本主義の独特な形態である。

2.個々のドイツ企業の経営に対する規制やその硬直性は、ドイツ経済全体には柔軟性をもたらしている。ドイツ経済は、これまで幾多の試練に極めて適切に対応してきたが、今後もこのような対応を続けることができるだろう。

3.ドイツ・モデルの強さは全体のシステムとして発揮されるため、容易に模倣することはできない。アメリカなど諸外国がドイツ・モデルの一部だけを借用し、適用できると考えるのは早計である。

 では経営者はドイツから何を学ぶことができるのだろうか。グローバル経済における競争とは企業間だけのものではなく、社会経済システム全体のものであることを重要な教訓とすべきである。こうしたシステムが重要な社会環境を形成し、個々の企業のとる行動やその成果に影響を与える。そのため、他社、労組、株主、そして政府に関わる社外活動は経営者にとって、社内の活動同様に重要なのである。

柔軟性のための硬直性

 ドイツ・モデルの論理を理解するには、その表現に使用されるドイツ語を調べる必要がある。ドイツでは「自由市場」経済でなく、「社会市場」経済(Soziale Marktwirtschaft)と言われるが、この言葉は経済と社会は別々なものでなく、相互依存関係にあるというドイツ人の信念を反映している。ドイツにおいて、企業は経済と社会の双方に安定した秩序をもたらす責任がある。そして、労組や政府などの非営利組織が企業と経営における実質的な決定権を握っている。