資本主義はヨーロッパで生まれた。しかしここ半世紀近く、その最も活気に満ちた成果が花開いているのはアメリカと日本であり、その間わがヨーロッパの経済的成果は惨めな沈滞を続けてきた。少なくとも一般にはそう受け止められている。我々の栄光ある商業的足跡――そして資本主義の枠組みそのものを定義した偉大なヨーロッパの思索家たち――にもかかわらず、数千年にわたって世界の大きな流れを支配してきたこの大陸は、もはや癒しがたいほど落後してしまったかに見える。

 まず最初にヨーロッパを襲ったのは、第2次世界大戦による荒廃と再建のための膨大な作業であり、これはひとり政府のみが遂行のための力を持つ仕事であった。次には後年になって、アメリカと日本が繁栄するに伴い、我々は低迷する経済、雇用と社会福祉の高いコスト、あるいはアメリカ企業の利権の進出に対する過大視された恐怖などに悩まされた。そして1992年を前にし、単一市場に弾みがついている現在は、別の困難が登場してきた。エレクトロニクスのような決定的に重要な分野で極端な立ち遅れが見られ、ブラッセルのECでは規制拡大を担う新たな官僚組織が台頭し、そしてまた日本からの経済侵略に再び直面しているのである。

 これらいずれについても、審判は避けがたいように見える。政治屋やメディアの自称権威者たちは、我々がどうもがいても、アメリカや極東の競争相手には太刀打ちできないのは明白だと言う。"ユーロキャピタリズム"はその過去の栄光を失ってしまったのである。

 しかし私自身の見解を言えば、今までのこうした結論は誤っている。多くのヨーロッパ企業は、10年前にだれもが予想したよりもはるかに健闘しており、しかも彼らの未来は今後ともいっそう明るいと考えられる。事実、我々の資本主義システムは多くの点で、アメリカおよび日本のそれよりも、来るべき時代の経済、社会、および環境への取り組みにより適していると私は信じている。

 従来の定説は、出版物に見られる結論も含めて、1990年代におけるヨーロッパ企業の予想される将来と、我々が巻き込まれている世界的規模の競争の双方を著しく読み違えている。トップレベルの幹部が現在直面している戦いは、自らを鏡に映したような世界各地のライバルとの間の工場対工場の戦闘といった類のものではない。むしろ価値観、優先順位、成り立ち、そして最終目標についての、それぞれ他と異なった独自の組み合わせを有する異種の資本主義システムの間の、もっと深いところでのぶつかり合いなのである。

 体制間の対立というこの文脈の中では、貿易の流れ、為替レート、あるいは生産性向上などは、それ自体重要な基準であるにしても、成功の物差しはそれだけに限定されるべきではない。むしろ最も重要な問題は、この3つのタイプの資本主義システムのどれが、その国民に最高の生活水準をもたらし、かつ彼らの未来のために最も十分な準備を整えることができるかという点である。

 グローバルな競争がもたらす挑戦課題のいくつかを、特にこの問題を念頭に置きながら考えてみよう。今日ではどの国の経営者も、多数の国籍からなる従業員を効果的に管理し、同時に職場内にとどまらず、社会の他の部分においても融合性を保つことが求められている。また、他の組織との間で連携関係を作り上げ、それを維持していかねばならない。そして企業の経済的成長の必要性と、物理的環境の健全性および彼らが事業を行っている国におけるもっと広い意味での安寧の双方を調和させることが期待されているのである。

 これらそれぞれの次元のいずれについても、ヨーロッパが蓄積してきた技能や経験は、経営者にとって明確な利点となる。ヨーロッパの海外進出は、国内事業の歴史に最近になって追加されたような類のものではない。我々は貿易商人として何世紀にもわたって世界を雄飛し、そして産業資本家としても同様に冒険心に富んでいた。つまりヨーロッパの狭隘な国内市場のゆえに、我々は常に国際的に考えざるを得なかった。同様に我々は、1つの国に店を構え、その後短期的利益が低下するとたちまち撤退するというやり方はとってこなかった。シーメンス社は1894年にメキシコに出て以来、数度にわたる革命を生き抜いてきており、また現在のABB社のブラジルとアルゼンチン子会社はいずれも1世紀に近い歴史を持っている。

 真の国際的視野を持ち、かつ経済的成果と社会的融合性を調和させる能力は、ユーロキャピタリズムが最も得意とするところである。さらに言えば、これこそすべての経済システムが、グローバル化した経済の中で競争を展開するためになさねばならないことであろう。そしてそれがヨーロッパの経営者に、失った地歩を取り戻すための歴史的な機会をもたらすものであり、彼らはその機会をつかみとる能力を十分持っているのである。

 事実すでにヨーロッパの多くの代表的な大企業では、新しい世代の産業資本家がトップの座に就いている。これらの"ユーロプレヌール(Europreneur=ヨーロッパ型企業家)"は、直前の前任者たちよりも、むしろ19世紀末から20世紀初頭にかけてシーメンスやダイムラー・ベンツ社といったヨーロッパ企業を創設した創業者を駆り立てたのと同じ種類の企業家的活力とビジョンによって鼓舞されている。しかしこれらの創業者たちと異なり、今日のリーダーたちは大規模かつ基礎の固まった組織を再活性化する役割を担っている。