-
Xでシェア
-
Facebookでシェア
-
LINEでシェア
-
LinkedInでシェア
-
記事をクリップ
-
記事を印刷
古今を通じて最も卓越した戦略家は、経営者や企業家ではなく、1人の将軍であるかもしれない。1858年から1888年までプロイセン・ドイツ軍の参謀総長を務め、ビスマルク首相のドイツ統一を可能にした数々の戦争に、すぐれた戦略を策定して勝利に導いたヘルムート・カール・モルトケ伯その人である。多作の著述家にして明敏な思索家であったモルトケには、優秀な戦略家に不可欠な2つの特性が備わっていた。
□世論や動揺する他人の意見、あるいは自分自身の先入観に左右されずに状況を判断する能力。
□迅速に意思決定を行い、予測される危険を顧みずに必要な措置をとる能力。
この2つの能力は、相互に補完し合うもので、将軍や政治家だけでなく、管理職や企業家にとっても必須の特性である。ちなみに、ゼネラル・エレクトリック社の最高経営責任者ジャック・ウェルチは、次のように述べている。「戦略は人次第だ。有能な人間が有効な戦略を生む」。しかし、何が管理者を戦略家にするか。経営者はどのようにして新任管理者の戦略能力を評価するか。また、どうすれば管理者が自分の戦略能力を積極的に開発できるのだろうか。
個人の戦略的管理能力を的確に把握する評価法はないが、その能力水準を知る手がかりになる質問形式のテストがある。管理者はそのテストによって、自分の戦略能力の輪郭をつかむことができる。さらに、客観的に、しかも簡単明瞭に管理者の優劣を判定することができるし、管理者が管理特性を開発するための道具としても役立つ。
戦略は学べない
モルトケのすぐれた戦略は、1866年のオーストリアとの戦争と1871年のフランスとの戦争で勝利をもたらした。行動家であったモルトケは同時に、人情味のある文化人で、非常に慎み深かった。ある同僚が、モルトケは"7カ国語に通じていながら沈黙を守れる"男だ、と評している。モルトケは詳細にわたる命令の代わりに、自主的な意思決定の参考になる"指示"を与えた。従来、プロイセン軍将校は自主的に行動することを禁じられていた。上意下達の命令系統が確立されていたのである。しかしモルトケは、部下の将校に自発性を発揮するよう求めて、その伝統をくつがえした。
戦略は常識の応用であり、学んで身につくものではない、というのがモルトケの見解である。明白な要素をすべて大局的に正しくとらえる、というモルトケ流の戦略概念は、学校で学習できない。学校は基本的に、凡庸な人間を養成することを教育方針としているからだ。中世の修道院付属学校が育てたのが聖人ではなく、平凡な修道士だけだったように、今日のビジネス・スクールからは、めったにモルトケやビスマルクのような傑出した人物は生まれない。
学校の教育目的は、できるだけ全体の平均学力を高めることで、学生は共通の文化に根差す価値観を学び、共有し、自分の素質を伸ばす。ビジネス・スクールにできることといえば、管理者をめざす学生に自己開発法を教えるのが関の山で、あとは学習の障害になったり、誤った指導をしたりしないように努めるのがせいぜいだ。実社会での成否は、学校で得た知識よりも、むしろ資質によって決まる。結局、戦略能力は有能な企業家や管理者の性格と結び付いているのだ。
それでは戦略家に必要な資質とは何か。また、どのような要素が戦略的管理能力の水準を決定するのか。これから説明する評価テストは、すぐれた戦略家か否かを判定する基準をまとめたものである。10項目の質問で構成されたこのテストは、自問自答形式で行い、その回答が戦略能力を示す能力特性グラフになる仕組みになっている。
質問1.企業心に富むビジョンを持っているか
アップル・コンピュータ社の共同創立者、2人のスティーブ、ジョブズとウォズニアクは、"コンピュータの大衆化"をビジョンとした。今やスイス最大手のスーパーマーケット・チェーンに成長したミグロス・コオペラティブ社のゴットリープ・ドゥトバイラーは、1925年に5台のT型フォード・トラックに砂糖とコーヒー、米、マカロニ、ショートニング、石鹸を積んで小売業の第一歩を踏み出したとき、社会の貧困層を救うために伝統的な流通機構の打破を目標とした。イタリア国営石油会社エンテ・ナツィオナーレ・イドロカルブリの設立者エンリコ・マテは、イタリアが石油と天然ガスの自給自足を達成することを、ビジョンとして掲げた。スイスのある工科大学の学長の目標は、自校の教授団の中からノーベル賞受賞者を出せるように条件を整えることだった。また、世界最大の建築会社の創設者スティーブン・デビスン・ベクテルは、地球全域を建設用地と考え、"我々は時と場所を選ばず、あらゆるものを建設する"という信条に従った。



