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いつの日か1980年代をあとづけることとなるであろう映像記録から次の2つの場面を拾ってみよう。
時は1983年1月、マーチン・シーゲルがニューヨークのプラザ・ホテルのロビーにいる。まだ30代半ばのシーゲルは、1971年、キッダー・ピーボディに入社後わずか3年で正規の副社長となり、いまやウォール街で最も有名なディール・メーカーのひとりである。彼は、1983年にはすでに、キッダーで最高給の幹部となり、ウォール街が生み出した最も創造的な企業買収作戦のいくつかの発案者、あるいは遂行者となるに至っていた。
だが、シーゲルがプラザ・ホテルに現れたのは、有望な顧客候補と昼食をともにするためでも、新規のテイクオーバー防衛の作戦を練るためでもなかった。指定の時間がくると、ブリーフ・ケースをしっかり握った急使がシーゲルに歩み寄り、"赤信号"とそっとささやく。シーゲルはこの合図を受けて、"青信号"と答える。ブリーフ・ケースが手から手へ渡され、シーゲルは帰宅する。アッパー・イーストサイドのアパートに帰った彼がブリーフ・ケースをあけると、中には、まだぴったり帯のかかった100ドル札の束がいくつも入っている。イバン・ボイスキーへの株情報の不正な漏出によって(このあとにも同様のことが何回も行われるのだが)、このすでにリッチな男は、15万ドルさらにリッチとなったのである。
時は流れて1990年の夏。全世界の金融市場は、コールバーク・クレービス・ロバーツ・アンド・カンパニー(KKR)が、RJRナビスコの綱渡り的金融リストラクチャリングを工作するさまをかたずをのんで見守っている。これは史上最大規模にして、多分最も複雑なLBOであった。KKRは新規発行普通株で17億ドルを調達、銀行から22億5000万ドルを借り入れ、転換優先株を20億ドル近く発行――そして厄介な数十億ドルのジャンク・ボンドを償還したのであった。
RJRナビスコのサクセス・ストーリーは続く。まず誰に聞いても米国で最も傲慢な大企業経営者と評されたロス・ジョンソンは、米国で最も機敏な大企業経営者と万人が認めるルイス・ガーストナーに取って代わられた。ガーストナーは、RJRナビスコをよりムダのない、より収益が大きく、縄張り政治からより解放された企業たらしめることを狙いとした、一連の組織上、業務上、戦略上の改革に着手する。その結果、株主の資産価値は大幅に増大する。1989年初期を通じて最初のLBOが進行する中で、RJRナビスコの株主は120億ドルのプレミアムを受け取った。1991年夏までに、"ニュー"ナビスコはさらに50億ドルの株価を創造する――合計すると、株主の利得は170億ドル――という驚くべき規模に達した。
『盗賊の巣』(Den of Thieves)の著者で、先に挙げたプラザ・ホテルの顚末の情報源でもあるジェームズ・スチュワートによれば、80年代の意味はマーチン・シーゲル、デニス・リバイン、イバン・ボイスキー、マイケル・ミルケンなどの文字通りの犯罪物語の中にある、という。彼らは、スチュワートが「金融世界がかつて知り得た最大の犯罪的陰謀」と考えるところのものに関わった人物たちなのであり、ミルケンとその仲間の起訴と入獄はある時代の終わりを告げるとともに、資本市場に正気と誠実を取り戻させるものである、と。
一方、ハーバード・ビジネス・スクールのマイケル・ジェンセン教授――彼の世代で最も有力な金融学者で、RJRナビスコの価値(株価)創造の推定数字を提供してくれた人でもあるが――に言わせれば、80年代は金融刷新の勝利を意味するものなのである。"コーポレート・アメリカ"のリストラクチャリングは「株主と経済全体のために大きな利得を生み出した」。ところが、それは、主として、ビッグ・ビジネス、大労組、大メディアの手にかかって崩壊するに至った、とジェンセンは主張する。「それらは、変革的な諸力から挑戦を受けてきたグループなのである」と彼は言う。
映像記録の中の場面としてなら、両氏とも的確で、教えられるところも多い。だが、80年代の解釈という観点から見ると、いずれも短見に過ぎると言わざるを得ない。80年代のテイクオーバー戦争はいまや、80年代の意味と遺産をめぐる戦いに道を譲るに至ったのである。だが、この戦いが場違いなところでなされているのが現状だ。善悪をめぐる論議に終始して、責任と罪の評定にばかり忙しい有り様である。この道徳劇は、人を満足させるものとはいえ、経済的原因と結果、現実に生じたことの社会的帰結、といった現実的課題をかえってあいまいにする。80年代を理解するのにより豊かな方法を欠いたままでは、我々はこの10年間の複雑にして矛盾し合う結果を解明することはできないのである。
80年代の暗い面に視界を限定するのは誘惑的であり、便利でもある。犯罪と貧欲にばかり目を注げば、あの時代を忘れ去ることもより容易となり、ひいては、あの時代をあっさり是認する結果ともなる。悪党どもはすでに塀の中。青二才のくせに過分の報酬にありついていた投資バンカーたちも、いまでは職探しの毎日だ。それに、クレジット・クランチ(銀行の貸ししぶりによる金融逼塞)は苦痛なものだが、そのおかげで乗っ取りの怪物たちもいまや立ち往生の有り様である。だとすれば、あの時代に適したレッテルを貼って、先に進んだほうがましではないか、ということになる(確かにそのほうが簡単である)。
こうした直感的なものの見方は、トム・ウルフの1987年の小説、『虚栄のかがり火』(The Bonfire of the Vanity)を蘇らせずにはいない。この喚起的なタイトルは、15世紀フィレンツェの義憤と、改革家にして殉教者たるサボナローラの浄化の炎を眼前に呼びさますものであるが。



