不確実性だけが確実という経済において、永続的な競争優位の源泉のひとつとして企業が信ずべきものは知識である。大きく変化する市場、多様化する技術、重層化する競争、そして急速に陳腐化する製品。このようなときに成功する企業とは、一貫して新たな知識を創り出し、それを広く組織に浸透させ、迅速に新技術や新製品に具現化していくような企業である。これらの企業の行動からはナレッジ・クリエイティング・カンパニー(「知を創る」、知識創造企業)の姿が明確になる。その唯一無二の仕事とは、とどまることのない革新である。

 しかし、「脳力」や「知的資産」についてのあらゆる話題が広まっているにもかかわらず、ほとんどの経営者は企業が知を創ることの本質を把握していない。まして、そのマネジメントの方法についてはいうまでもない。理由は、知識とは何かについて、そのために企業が何をすべきかについて彼らが誤解していることにある。

 フレデリック・テイラーからハーバート・サイモンに至るまで、欧米の経営の伝統には、組織とは「情報処理」機械であるという観点が深く浸透している。この観点に従えば、唯一有効な知識とは、形式的で体系立ったもの、すなわちハード(定量的)なデータや、規則化された手続き、普遍的原理である。また、新たな知識の価値を測るための物差しも、高効率、低コスト、ROIの向上など、同じくハードで定量的なのである。

 しかし、知識とその企業組織における役割についてはもうひとつ別の考え方がある。それは、本田技研やキヤノン、松下電器、日本電気、シャープ、そして花王など、非常に成功した日本の競合企業に共通して見いだすことができるものである。これらの企業は顧客への素早い対応、市場創造、迅速な新製品開発、新技術における優位性などによって知られるようになった。これらの企業の成功の秘密は、知識創造のマネジメントに対するユニークなアプローチにある。

 欧米の経営者にとって、日本的アプローチはしばしば奇妙に、ときには理解しがたいものに見える。次のような事例に考えをめぐらせてほしい。

□「クルマ進化論」というスローガンは、車の新製品開発にとって意義のある設計コンセプトたり得るであろうか。しかし、この標語が本田技研の革新的都市型車であるホンダ・シティの創造を導いたのである。

□ビール缶がパーソナル複写機開発にとって有効なアナロジーとなる理由は何か。このただひとつのアナロジーがキヤノンの革命的製品、ミニコピアのデザインに根本的なブレークスルーを引き起こした。そして、この製品はパーソナル複写機市場を創造し、キヤノンは停滞していたカメラ事業から、より高収益なオフィス・オートメーション分野への移行に成功したのである。

□「オプトエレクトロニクス」といったような新語は、企業の製品開発エンジニアにどのような具体的方向性を提示するか。しかし、この下で、シャープは「先駆け商品」を生み出すという定評を獲得した。これらの商品は新たな技術と市場を明確化し、カラーテレビから液晶ディスプレイ、特別仕様の集積回路に至るまで、各事業領域でシャープの優位な地位を築き上げた。

 それぞれの事例で、欧米の経営者にはただ馬鹿げて聞こえる、広告キャンペーンには向いていても経営には適切でないような神秘的なスローガンが、実際に新たな知を創造するきわめて有効な手段になったのである。どの経営者もイノベーションには偶然の女神が立ち会うことを知っている。ここに挙げる日本企業の経営者たちは、企業、社員、顧客の利益を生み出すためにその偶然性のマネジメントを行なっているのである。

 日本的アプローチの中核にあるのは、新たな知識の創造とは単なる情報処理の問題ではないという認識である。むしろ知識創造は、暗黙でしばしば高度に主観的な洞察や直観や従業員個々人の発見をいかに引き出せるか、そして企業全体としてそれらの直観をいかに検証し、利用できるかにかかっているのである。この過程で、鍵となるのは個々人のコミットメント、すなわち社員が、企業とその使命について意をひとつにすることである。そうしたコミットメントを引き起こし、暗黙の知を実際の技術と製品にまで具現化していく上で求められる経営者とは、市場シェアや生産性、ROIといったハードな数値に対してだけでなく、自動車の進化論やパーソナル複写機とビール缶の間のアナロジー、「オプトエレクトロニクス」といったメタファーなど、イメージや象徴にも抵抗感を持たない経営者である。