わがモトローラ社においては、工場の従業員に3つのことを要求している。第1に、中学1年生程度の読み書きと計算ができ、そのレベルはすぐに中学2、3年程度まで向上しなければならない。第2に、個人として、またチームのメンバーとして基本的な問題を処理する能力がなければならない。第3に、わが社の仕事及び勤務時間に関する定義を受け入れなければならない。発注した顧客の元に完璧な製品を届けるために必要な時間こそわが社で言う「勤務時間」であり、週に50時間も60時間も働かなければならないかもしれない。だが、単に物理的な時間分だけ働くのではなく、その質、成果を求めて働く意欲のある人材が欲しいのである。

 こうした要求が掲げられたのは比較的最近のことである。10年前には、決められた作業がこなせれば、あまり多くのことを考えてもらう必要がなかった。もし機械が故障すれば、従業員は手を挙げるだけで、修理担当者が直すまで待っていればよかった。10年前には、品質管理は単なる審査過程にすぎず、工場を出る前に不良品を見つけるものだった。10年前には、大部分の従業員と一部のマネジャーにとって、仕事は観察と経験と試行錯誤によって覚えるものであった。研修とは、社員が学校や大学で習ったはずの基礎的な数学や国語の知識に加えて、新しい技術を教えるためのものであった。

 だが、製造業の考え方、競争環境がすっかり変わり、わが社もその変化に対応していく過程で、従業員の研修、教育に対する考え方も改める必要があることに気づいたのである。生産ラインの労働者は自分たちの仕事と設備について本当に理解しなければならないこと、管理職は、もし定着させようとする新しい手段、技法があれば、自ら模範を見せ実践しなければならないこと、意識の変革は継続的に全員参加のもとで行われるべきこと、そして、これらのことは単なる命令ではなく、教育によって初めて可能になることを学んだのである。

 最後に、さて変化に対応できて、これから成果をあげようと思ったとき、全く驚いたことに、工場の従業員の多くが文盲であることを発見した。彼らは字が読めず、パーセントや分数といった簡単な計算ができなかった。ある工場では、納入業者が部品のパッケージを変えたため、従業員たちはそこに何が書いてあるかではなく、どんな色かで判断して作業を行っていたことが、危ないところで分かったこともあった。イリノイの工場では、現在形と過去形の区別がつかない外国生まれの従業員がおり、監督者が今起こっていることを話しているのか、過去に起こったことを話しているのか分からない、という例もあった。

 これらの発見により、わが社の社員教育は10年前にはとても考えられなかった領域にまで踏み込み、予算規模も膨れ上がることとなった。当初想定していた技能訓練的なものから、2つの方向、すなわち下は読み書き算数のような基礎的なものの教育へと、そして上は仕事、品質、社会、学習、リーダーシップ等についての新しい概念の教育へと発展していったのである。予算も当初見込みは5年間で3500万ドルであり、これでも過大であるとの評価があったのに、現在では年間6000万ドル、さらに研修中に失う労働時間が別に6000万ドルにのぼるが、皆良い投資だと考えるようになっている。

 今では、工場労働者に対しては、自分たちの使う機械設備を理解し、簡単な修理は自分たちでやることを期待している。もし、専門家に見てもらう必要があるときは、どこがどう具合が悪いのか、詳しく説明できなければならない。つまり、彼らは、問題を分析し、それを伝達することができなければならないのである。

 また、今では品質管理とは不良品の発生自体を防ぐための過程であり、そのことは工場のスタッフばかりでなく、守衛や秘書にまで行き渡った企業としての共通言語となっている(囲み「品質という言語」参照)。

 さらに、今日ではモトローラ社は世界でも最も総合的で効果的な企業内研修教育プログラムを有する会社の1つとなっており、とうとう最近自前の大学まで創ってしまった。

品質という言語

 品質に関する数学は難しい。ベルカーブ、確率関数、ギリシャ文字Σの倍数で表される標準偏差等の用語自体が手ごわい。しかしながら、モトローラ社ではこの数学の少なくとも基礎だけはすべての社員に教えるようにしており、品質に関する概念と用語を社内のあらゆる部門、例えば研修、広報、財務、警備、そして食堂にまで浸透させようとしている。1983年の時点では、品質に関する研修は3日で十分だと考えていた。だが現在では、品質向上のための機械設備、戦略、技術、フィードバック・システム等、28日分の教材を用意している。そして、エンジニアや工場の中間管理職には数年の間に28日分すべての研修を受けるように期待している。

 わが社の目標は、1992年までに統計学者やエンジニアがいうところの6Σ、すなわち統計学的平均から6倍の標準偏差を達成することである。簡単に言えば、6Σは100万回に3.4回の失敗率、あるいは不良品の出ない率が99.99966%である生産を意味する。ちなみに、5Σは100万回中233回の失敗率、4Σは100万回中6210回の失敗率である。航空会社は、死者の数を失敗数と考えて6.5Σ程度の安全性を達成するが、手荷物の取扱いでは3.5~4Σ程度の失敗率である。また、医者が処方せんを書き、薬剤師が処方せん通りに薬を調合する際の失敗率は5Σにすぎない。

 モトローラ社は、まだ製造部門をはじめどの部門においても6Σを達成してはいない。だが、最初の目標として掲げた、社内中の誰もが同じ品質という言語を話すようになるための共通語彙づくりには成功した。社員全員がそれぞれの仕事の中で自分なりの6Σを追求し、全員がその言葉が意味するところを主観的にも客観的にも理解し、そして全員が現状を脱却して目標に向かって努力していくプロセスに参加するのである。研修の指導員や食堂の料理長が100万回に3.4回の失敗率を達成するといっても馬鹿げて聞こえるかもしれないが、この基準を適用し、目標に向かって努力する方法は必ずあるはずである。実際のところ、6Σを達成しようとするプロセスは現在の仕事のやり方を変えようとするものであるから、決して悪い結果にはならないのである。

 料理長にとって1992年までに6Σを達成するということは、今年マフィンを5個こがしているものを来年には2個にし、最後には1個もこがさなくするということである。6Σの理論をマフィンに適用するのはある意味で作りごとであり、それを最後通牒のようにして突きつけられたのでは料理長も面白くないかもしれない。我々の本当の狙いは、製造部門で使われる品質という言語を社内の他の部門にも持ってくることで、そのままでは見過ごされてしまう問題を社員の間で議論してもらおうということである。そして、製造部門や製品設計部門で極めて重要な時間サイクルや品質の基準を料理長、警備員、事務職員にも適用することで、これらが大切なものであることを全社的に理解してもらおうというわけである。

 我々が料理長に実際に言ったのは、君の作るチョコレートチップ・クッキーはいつも6Σだ(私の意見では世界中で一番の味である)、だからマフィンも同じように作ってくれ、ということである。我々は彼がうまいマフィンを作れるようになるにはどうすればよいか聞いてみた。すると、彼はこう答えた。「私がうまいマフィンを作れないのは、あなた方が私に冷蔵庫の鍵を預けてくれないからです。朝厨房に来ても冷蔵庫の鍵が閉まっているので、前の晩に生地を作って置かざるを得ないのです。生地を12時間も寝かせてしまうと、作りたての新鮮な生地を直接オーブンに入れるのと比べておいしくなるわけがありません」。もちろん、彼の言うことは正しかった。品質という言語は信頼について語るときにも使うことができるのだ。

 警備員は別の良い例である。毎朝わずか30分ほどの間に1万2000人の従業員と約400人の訪問者をゲートの中に入れる。警備員の役目は、不審な人間を中に入れないことだろうか、客を中に迎え入れることだろうか、財産を守ることだろうか。あえて今定義するなら、彼らの仕事は中に入るべき人が速やかに通れるようにし、もし問題があれば礼儀正しく、そしてプロらしく対処することである。従って彼らにとっての品質とは、ゲートに来る人すべてを顧客とし、顧客の不平を不良品として評価されるのである。

 一体どうして企業が自前の大学を持たなければならないのかと尋ねる人もいるだろう。それに対する私の回答は、これから述べるわが社が自前の大学を設立したいきさつを読んで頂きたい。それは、ある面で一種のオディッセーともいえる、様々な失敗と大きな誤解と衝撃的な発見に満ちた10年間の冒険旅行である。またある面で、教育とは何か、変革とは何かを徐々に明らかにし、今日の経営環境の中で企業が成功するためには、従業員を単に訓練するだけでなく、教育システムをつくりあげなければならないのは何故かを示すものである。

4週間のMBAコース

 1979年、モトローラ社の当時のCEO(最高経営責任者)であり、現在も会長であるボブ・ガルビンは、人材養成部に対し社員研修5カ年計画をまとめるよう指示した。彼は、会社が生き延びるためには社員全員がその技能を向上させる必要があると信じていた。