1990年代は顧客の時代となるだろう。このことは、マーケターにとって大ニュースである。

 技術が選択の形を変え、選択は市場の形を変える。その結果、眼前には新しいマーケティング・パラダイムが出現しつつある――過去のような、流暢な売り込み口上で売り上げの量を重ねていく「積み上げ」マーケティングではなく、一度セールスマンを退場させる、知識と経験に基づいたマーケティングの登場である。

 このマーケティングの変質は、技術の巨大な力と普及によって推進される。今日では、それほど技術が深く浸透してしまっているために、結局、技術的事業や技術的会社と非技術的事業・会社を区別することが無意味になる。技術的会社だけしか存在しない。技術は、驚くべき速度と徹底さで、製品、工場、市場へと移動した。小馬力モーターが発明されて70年で、今日アメリカの家庭には平均15ないし20の器具にモーターが使われている。20年もたたないうちに、マイクロプロセッサーもモーターと同じくらい普及してしまった。20年前には、使われていたコンピュータは全部で5万に満たなかったのに、今日では、5万以上のコンピュータが毎日購入されている。

 この新しい技術進歩の特徴を一言でいうと、プログラミングが可能だという点である。コンピュータ・チップにおいて、プログラミングが可能ということは、命令を変更できるという意味であって、1つのチップが無数の機能を行い、無数の答えをはじき出せるのである。工場内では、プログラミングが生産作業を変えるから、1つの機械は無数の種類の機種や製品を生産できるのである。もっと広くいうと、プログラミングが可能ということは、顧客のためにますます多くの品種と選択が生産できる――個々の顧客にぴったりの製品、サービス、品種を生む「プログラム」を設計し実行するチャンスを与えることまでできるような、新しい企業能力を生んだということである。プログラミングの可能性が技術的に確実になったために、一挙に、ほとんど無限ともいえる選択が現実化した。

 ドラッグストアとスーパーマーケットを考えてみよう。ゴーマンの「新製品ニュース」によると、この2つの消費財店舗での新製品導入の記録は、1985年と1989年の期間に、新製品の数は6割も増えて、常時年間1万2055点にも達している。Tideのような老舗のブランドを見ても、この品種多様化を示している。1946年にP&Gは、最初の洗剤を発売した。その後38年間、Tide 1種類だけで全市場をまかなった。ところが、1980年代中ごろになって、P&Gは次々と新しいTide洗剤を発売し始めた――1984年に無香性Tideと液体Tide、1988年に漂白剤入りTide、1990年に濃縮Ultra Tideというふうに。

 ほとんど無限といえる顧客選択が創造されると、一部のマーケターにとっては脅威となる――特に、選択が新規競争業者を伴うときにはそうだ。20年前にはIBMの競争相手は20社だけだったが、多少とも「コンピュータ」ビジネスを手がけている会社を数えてみると、今日ではIBMの競争相手は5000社以上になる。20年前には半導体メーカーは90社以下だったが、今日ではアメリカだけでほとんど300社に達している。新しい競争相手が、新製品と新戦略をひっさげて現れるだけでなく、顧客も新しくなっている。1990年にコンピュータを使用している人々の90%は、1980年の機種を使用していない。これら新しい顧客は、古いルール、古い知識、古いビジネス方法を全く知らない――そんなものに頓着しない。頓着することは、コンピュータの会社が、その製品やサービスを戦略に適合させる努力をやっているかどうかである。このことは、マーケティングが、市場重視の会社というものに進化したことを物語る。

 数十年前は、セールス重視の会社が大半であった。この種の会社は、顧客の心を自社製品に合うように変えることに精力を集中した――昔のフォードのような「車の色はすべて黒色」といったマーケティング流派の実践であった。

 技術が発展し、競争が増大するにつれて、一部の会社はやり方を変えて、顧客重視になった。自社の製品を顧客の要求に合うように変える方針を表明した――「あなたのほしい色を教えてくれ」というマーケティング流派の実践である。

 1990年代に入ると、成功する会社は市場重視になり、自社製品を顧客の戦略に合わせ始めた。これらの会社は、「車の色があなたの大きな目標にとって重大か、重大だとしたらどのくらい重大かを一緒になって計算しよう」式のマーケティングを実践していくことだろう。これは、市場を思うままに管理するのではなく、市場を創造しようというマーケティングである。これは、単なる市場シェア奪取戦術、売上高だけを競う販売、一時的イベントに頼るのではなく、開発教育、逐次改良、常時の活動を基本にする。最も大切なことは、企業内に保有されている知識と経験を頼りにする点である。

統合者としてのマーケター

 これら2つの基本要素――知識に基づいたマーケティングと経験に基づいたマーケティング――が、ますますマーケティングに成功する企業の能力となっていくだろう。この2つが、マーケティングの古いやり方や古い新製品開発に、取って代わるだろう。アイデアをつかみ、昔どおりの市場調査をやり、製品を開発し、市場テストを行い、最後に発売するといった古いやり方は、あまりにもノロく、感度の鈍い、草競馬のようなものだ。その上、市場が急速に変化しているのだから、このような昔どおりのやり方が、現実の顧客の要望や需要に、また競争の激しさに、歩調を合わせられると信じる理由はますますなくなっている。