レイケム・コーポレーション(Raychem Corporation)の創立者で、同社の最高経営責任者でもあるポール M. クック氏(Paul M. Cook)は、航空宇宙、自動車、建設、電気通信、公益事業などの産業顧客向けに技術集約型製品を提供する事業に身を置いている。レイケムは、電話網及びケーブルテレビ・システム用の信号搬送ケーブルを接続、密封、保護する製品を生産している。また軍用機や商用航空機に張り巡らされている高性能ワイヤ及びケーブルのほとんどの種類をつくっている。導電性ポリマーを基材とする同社の自己制御ヒーターは、苛酷な条件下のパイプライン内の石油の流れを円滑化し、大量輸送システムのレールの結氷を防ぐ。

 しかしもっと基本的なレベルでいえば、ポール・クック氏が携わっているのはビジネスとしてのイノベーションだ。1957年の創業以来、レイケムは1つの野心的な戦略を一貫して追求してきている。それは一連のコア技術をマスターし、これらの技術基盤の中から数百の独占的製品を創造していくことである。今日レイケムは約5万の製品の販売によって年間10億ドルを上回る収入を上げている。これらの製品のほとんどで同社は世界のトップ企業であり、また同社が唯一の供給企業である製品も少なくない。同社の製品を待望する顧客は世界中にいる。レイケムはその収入の60%以上をアメリカ以外で上げており、また西ヨーロッパやアジアに大規模な製造及び研究施設を擁する。同社はアメリカで900以上の米国特許を保有、約300件が申請中であるとともに、外国特許も約3000件を取得、他に9000件が申請中である。

 レイケムは市場での強力な地位を武器に抜群の財務業績を上げている。粗利益は一貫して50%を上回っているが、これはその活動している業界内では他の追随を許さない。純銀行借入はゼロである。株価収益率は30倍で、市場平均を優に上回る。

 レイケムにおけるイノベーションは単なる製品のレベルを超えている。事実同社は現在自社への再投資の過程にある。最初の25年間、レイケムは全世界で自社製品の潜在市場を掘り起こすことによって爆発的な急成長(年平均25%)を遂げた。1980年代初めに成長が鈍化すると、レイケムは新しいコア技術の開発に取り組むとともに、自社を新たな市場に位置づけた。最近開発した薄膜及び液晶ディスプレーの技術的蓄積をもとに、コンピュータ・タッチスクリーンと"切替可能ウィンドウ"(switchable window)というこれからの成長市場で新たな役割を演じることになった。レイケムは光ファイバーでも約10年の先行があり、子会社のレイネットを通じて、全世界で数十億ドルの巨大市場が見込まれる家庭向け光ファイバーで最有力企業としての位置を固めている。

 クック氏(65歳)は、マサチューセッツ工科大学出身で、スタンフォード・リサーチ・インスティテュートでは放射線研究室の室長を務めた。同氏は4月にレイケムの最高経営責任者の地位を退いたが、会長職には引き続きとどまる。このインタビューは、ボストンとカリフォルニア州メンロパークのレイケム本部で、HBR誌副編集長ウィリアム・テイラーによって行われた。

HBR(以下略、ゴシック部分がHBR):革新的な企業であるための秘密は何か。

 ポール・クック(以下略):秘密など何もない。革新的企業であるためには、イノベーションを希求しなければならない。新しいことに意欲を燃やす優秀な人材を集めてグループにまとめ、イノベーションを期待する環境に置くことである。これは単純ではあるが、同時に厳しいことでもある。結局のところ、経営者が探求できることは限られている。レイケムにおいて我々がイノベーションを成功させているのは、それがわが社の戦略の前提となっているからだ。イノベーションがなければ死んだも同然なのだ。

 また私はエンジニアのことだけを言っているのではない。イノベーションは製品と全く同様に、販売、サービス、情報システムなどにもかかわるものだ。我々は研究開発の2倍もの金を販売に投じているが、これは販売戦力の創造力が研究室からの創造性に勝るとも劣らない重要性を持っているということである。今までだれも見たこともない製品をどのように売り込めばよいか。ある重要な部品ではわが社が唯一の供給源であることを顧客に納得させるにはどのように説得すべきか。自分の仕事を効率化することに知恵や想像力が回らない者などどんな組織にもいない。科学者と同じように、秘書や荷卸作業係の人々からもイノベーションを期待している。

 とはいえ、グローバルな競争激化の中で生き抜くことができるレベルというか、達成すべきレベルまで革新的な企業はアメリカには多くない。何が欠けているのだろうか。