パッションの向かう先は多様だ。自分が生まれ育った新潟に移住し、事業の創造と変革に取り組むメンバーは、新潟と東京を行き来しながら地元への貢献を続けている。瀬戸内海に浮かぶ直島・豊島・犬島で、各島の自然や地域固有の文化の中に、現代アートや建築を置くことで特別な場所を生み出している福武財団に出向し、500年後を見据えた直島芸術生態系というビジョンの実現に貢献すべく尽力しているメンバーもいる。
「一人ひとりがさまざまな経験を通じて、自分が心からワクワクすることや、クライアントや社会のために役立ちたいというパッションが湧き出る分野を見出してほしい」と関灘氏は言う。
アジアパシフィック代表 日本法人会長
関灘 茂氏
MBA留学だけでなく、テクノロジーやクリエイティブを学ぶための留学制度、海外オフィスへの転籍制度、研究や自己研さんのための長期休暇を取得できるサバティカル制度などを整えているのも、一人ひとりのパッションが湧き出る分野を見出せるように後押しするためだ。
「個のパッション」が地域を駆動する
個人のパッションを起点とし、組織として本質的な正しさを追求する。A.T. カーニーのそのカルチャーを象徴する地域がある。それが、関西だ。
関西圏はスイスやトルコを上回るほどの経済規模を持ち、観光資源があふれ、ものづくりやライフサイエンスなどで世界的な技術力とシェアを持つ企業が集積している。その一方で、大企業の意思決定機能や高度な教育を受けた若年層の域外流出、歴史と伝統があるがゆえの広域連携の弱さ、起業家や高度外国人材を支える資金循環やライフラインの脆弱さ、相対的貧困率が高い自治体の多さなど、さまざまな根深い課題も抱えている。
関西を拠点とするパートナーである日山史巳氏は、キャリアの過半をサブサハラ・アフリカ地域(サハラ砂漠より南のアフリカ)や東南アジアで過ごし、この6年間は関西に居を構えて活動している。
「キャリアの前半は世界の辺境で勝負することしか考えていませんでした。コロナ禍のあおりでインドネシアの起業が頓挫して関西に戻り、あらためて自分と生まれ故郷に向き合った時、あとは死ぬまで関西の子どもたちの未来を明るくすることに全力を尽くそうと考えました」と日山氏は語り、次のように付け加える。
「サブサハラや東南アジアなどで仕事をすることにこだわっていたのは、社会の困りごとの多さに対して、それを高い志をもって解決できる人材の密度が圧倒的に希薄だから。いまの関西も、私にはまったく同じ構図に見えます。本当に意味のある正しい仕事にこだわり、関西の子どもたちの未来のために胸を張れる生き方がしたい」
パートナー 大阪・京都・神戸担当
日山史巳氏
組織としての決断の舞台裏を、関灘氏はこう明かす。「関西に生まれ育ち、いまも住んでいる日山が、関西の子どもたちの未来のために胸を張れる生き方がしたいと言って、A.T. カーニーに入社してくれました。その後、日山のパッションに触れて、共感する仲間が増え、チームには熱があふれています。ですから、A.T. カーニーの全メンバーがその熱に触れる機会を設け、連帯して関西にコミットすることを決めました。起点は一人のパッションです」
すでに関西での採用活動を始めており、オフィスの開設も視野に入っている。個人のパッションが湧き出る分野に組織として投資する――。ここでもA.T. カーニーのカルチャーが貫かれている。
関西発の変革をリードする日山氏は、関西という土地柄と、A.T. カーニーのコンサルティングアプローチには深い親和性があると語る。戦略の提案に留まらず、R&D(研究・開発)やM&A、オペレーション改革まで深く関与するEnd-to-Endアプローチと目に見える成果の創出が、A.T. カーニーの神髄だ。
「どのような業種の企業でも価値の源泉の多くは、お客様接点や製造・サービス拠点などの最前線で今日も汗をかいている従業員の活動によって支えられています。もちろん、CEOや経営幹部の方々との議論は欠かしませんが、いまこの時もクライアントの製造拠点の寮で同じ釜の飯を食べ、工程に張りついて虫の目で問題の本質を探索しているA.T. カーニーのメンバーがいます。鳥と虫の視点の絶妙な融合で経営を語ることを自然体でやれるのは、私たちの強みの一つだと思います」(日山氏)
実際、この3年ほどでA.T. カーニーの関西における活動の足跡は着実に大きくなっている。現在は20〜30人のメンバーが製造業、エネルギー・インフラ、ヘルスケアを中心とする関西拠点のクライアントと向き合っている。多くのプロジェクトでは難局を乗り越えるための企業の構造改革をデザインし、現実世界での実行と目に見える成果の創出まで深くコミットしている。常駐プロジェクトの比率が高いのも、「根深い問題を構造的に解決する」というA.T. カーニーの姿勢の自然な帰結といえよう。