わたし自身、もう30年以上も対ソ貿易にたずさわってきた経験から、西側ビジネスマンがソ連の貿易組織との交渉をめぐって抱いている誤解――とわたしに思えるもの――に心を痛めるようになった。わたしの経験によれば、最下位層の担当官吏の重要さを認識することこそが肝要なのである。ところが、西側企業はえてして彼らの存在を無視し、そのため重要な契約をとりにがしたりするのだ。

 そこで、1つの具体例の話をさせていただきたいと思う。あるギリシャ企業の輸入担当セールス・マネジャーの例であるが、彼は、"あの不実で信頼できないロシア人ども"への攻撃をまくし立てながらボスのオフィスへと飛び込んでいった。同社へのソ連側サプライヤーが、6年にわたる輸出入取決めを破って、その製品の一部を、ビジネスの実績よりむしろ政治的コネクションで知られる別のギリシャ企業へ売った、というのである。彼が怒るのも、もっともだった。なにしろ、その製品を輸出するよう、ソ連を最初に説得したのは同社であったし、その製品の工程処理のノウハウを提供したうえ、マネジメントも多大の時間を費やすなど、多大のリスクを賭けていたからである。ボスのCEOとその会社は、当の製品の輸出を担当するソ連側の対外貿易組織(foreign trade organization, FTO)との関係育成に忍耐づよくつとめてきたのだった。

 ソ連には、こうした対外貿易組織が85ほどある。各FTOは一定の製品グループの輸出入に関し独占権を有し、FTOごとに、年間数億ドルから数十億ドルの取引を行なっている。

 各FTOのトップにはゼネラル・ディレクター(統括最高責任者)がおり、最下位に位置するのが商品担当上級専門官(senior commodity expert, SCE)である。そしてSCEは、個別製品の輸出入の交渉と実行を受けもっている。

 先のギリシャ企業のCEOは、同社の扱う製品担当のSCE――ニコライ・ペトロフ――にあうためモスクワへ飛んだ。2人は6年間もいっしょに仕事をした仲であり、お互いに信頼しあっていた。つい最近も、このギリシャ人は、もとはといえばペトロフの組織がおかしたミスが理由であるにもかかわらず、コストもいとわず自社船を2週間もオデッサ港に足を止めさせることで、相手に信義を示したばかりであった。その時も彼は、多くの西側人がやるように、相手を非難したり、損害賠償を求めるかわりに、ただ、その足止めがたいへんな出費となり、自分は本社で難儀させられたというにとどめたのだった。

 そこで今度は、ペトロフがおかえしをする番であった。自分は、別の会社と契約を結ぶようにとの指示を受けていたのだが……と彼は役人ふうの調子で釈明しながら、「しかし」と軽くつけくわえた。「心配することはありませんよ」。

 ギリシャ人CEOにとっては、このひとことで十分であった。彼はギリシャにとってかえし、ことがうまく運ぶことを願いつつ待った。結局、新たな競争相手は、争い合った例のソ連製品を獲得するには至らず、ギリシャ人CEOの会社が唯一の輸出窓口会社としてとどまることとなったのである。後でわたしが聞いたところによれば、競争相手側は、契約実現努力の一歩ごとにめんどうな形式的手続きやら、数えきれないほどの引延ばしなどに出くわしたということであった。その会社が例の製品をソ連から輸入しようと2度と試みなかったのは、いうまでもない。

 このエピソードは、西側企業にとって、SCEの力を認識し、彼らとのあいだに確立した関係を大切にすることが、いかに重要であるかを示している。対ソ貿易では多くのニコライ・ペトロフに出あうのだが、西側ビジネスマンは概して、彼らのような官吏がもつかなりの影響力を無視しがちである。ソ連という国家や党官僚組織の内部機構に通暁している彼らSCEたちは、西側パートナーが、ソ連の貿易組織との通商実現にあたって出あう一見乗り超えがたいような障害を克服していくうえで、黙々と手助けしてくれるのである。

 ソ連の官僚機構は、濃密、鈍重で、非効率的だと西側人は、しばしばいう。彼らの眼には、ソ連官僚の規則、手続き、上からの命令への盲従ぶりは、度外れで麻痺にでもかかったほど、と映るのである。だが、規則やら手続きやら命令やらが互いに矛盾して契約実現を紛糾させるような段になると、通常、ペトロフ・レベルのソ連の官吏たちが、西側貿易相手に対する自分の責任をうまく果たし終える道を見つけ出してくることに、わたしは気づいている。そんなとき彼らは、しばしば中間レベルを迂回して、自分の属するFTOの指導部に直接働きかけたりするのである。輸出促進と輸出禁止のあいだの、達成不可能な輸出計画とすでに文書化された輸出の可能性とのあいだの、また外国バイヤーに与えた確約と国内生産者ないしは輸出担当者の約束違反とのあいだのグレー・ゾーン……SCEの腕の振るいどころは、まさに、この領域にあるのだ。

 例のギリシャ人エグゼクティブがペトロフとの仕事で経験したのは、まさにそれであった。ともかく2人はお互いに相手が信頼できる存在であることを知っていた。ペトロフは、この忍耐強いギリシャ人が頼りがいがある人間であることを、わけても、彼は自分の暗黙の了解なしに、上のほうにあわてて話をもち込むようなことは、けっしてしたことがないことを、身にしみて認識するに至っていたのである。