グローバルかローカルか。二項対立を超える解法
「私が入社した頃、お客様であるアパレルメーカーは特定の国で商品をつくり、その国で販売する一国完結型でした。ですから、私たちも国や地域ごとに自立した経営でお客様に対応するのが、合理的だったのです」。YKK副社長の敷田透氏はそう振り返る。アジアを中心に約26年間海外駐在してきた敷田氏が、最大の課題と捉えてきたのがバリューチェーンのあり方だった。
敷田氏の入社当時と比べて事業環境は根本から変わった。顧客企業の生産拠点は日本や欧米から中国、東南アジア、インド、アフリカへと次々と移転している。そこで浮かび上がってきた課題は、YKKが国・地域ごとに自立した経営で最適化してきたオペレーションが、国境をまたぐ顧客の生産移転やサプライチェーン再編に、迅速に対応しきれなくなったことだ。
大きな要因の一つは、製品仕様書や商品コード、BOM(部品表)などがグローバルで統合管理されていなかった点にある。たとえば、ある顧客がA国からB国へ生産移転し、B国にあるYKKの事業会社に「このファスナーがほしい」と注文しても、製品仕様や部品をすぐに把握できず、何十万種類のファスナーの中から探し出すのに人手と手間がかかっていた。「それが対応の遅れとなってお客様にご不便をかけていました」と敷田氏は言う。ベテランは経験と人脈を駆使して対応できても、若手にはそれができない。「属人的なノウハウに頼っていては、会社の成長に限界があります」(敷田氏)
これはYKK固有の課題ではない。Ridgelinez上席執行役員Partnerの赤荻健仁氏は、「日本の製造業に共通する構造的な課題は、国境を超えたバリューチェーンの全体最適化が遅れている点にあります」と指摘する。
国ごとに個別最適化されたシステムやオペレーションが足かせとなり、顧客や市場の変化への対応が後手に回る構図がさまざまな製造分野で生じている。それが、在庫の増加、リードタイムの長期化、コスト上昇、そして競争力の低下といった結果を招いている。さらに、温室効果ガス削減や循環経済への対応といった喫緊のテーマが後回しになる悪循環にもつながっている。
解決策は、グローバルかローカルかの二者択一ではない。「YKKが持つグローバルな拠点と現地主体の経営という強みを活かしながら、全社最適の意思決定とそのスピードを速めることが最大のポイントです」と、赤荻氏は言う。
コード統一とオペレーション標準化によって、誰もが顧客の要望に即座に対応できる状態を当たり前にし、生まれた時間を「わくわくする商品提案」といった付加価値の高い業務に再投資する。それが、デジタル推進プロジェクトの目指す姿だ。
コードの統一で世界をつなげる
デジタル推進プロジェクトの責任者であるYKK上席常務執行役員の恒田隆一氏は、「優先的に取り組んだのは、コードをグローバルに統一することです」と語る。ここでいうコードとは商品コードのことであるが、仕様書、設計BOM、製造BOMなどデジタルデータを活用した業務オペレーションの標準化も含まれる。
そのインフラとして2026年2月から順次運用を開始したのが、PLM(製品ライフサイクル管理)システムを核とする「グローバル業務基盤」である。まず、マザー工場を持つ日本でグローバル業務基盤を確立し、中国、ベトナム、インドへと展開。2028年にグローバルでの導入完了を目指す。「新たな国で工場を立ち上げても、最新の仕組みと業務プロセスをすぐ展開できるようにするのが目的の一つです」と恒田氏は言う。
YKKは、材料から製造設備、商品まで一貫生産しており、将来は製造設備の稼働情報や使用パーツのデータを連携させることも視野に入れている。
グローバル業務基盤では、仕様書と購入品情報に品質情報やサステナビリティ情報をひもづけて、一元管理できるようにした。「品質・サステナビリティ情報を適時・適切に開示できれば、お客様にとってのメリットが大きい」。デジタル本部事業DX推進部長の三戸芳和氏は、そうつけ加える。競争力とサステナビリティ対応を同時に強化する基盤でもあるのだ。
この基盤構築をシステムアーキテクチャの構想から、設計、実装まで伴走したのが、Ridgelinezだ。同社Senior Managerの福家憲一氏は、「BOMと仕様書については、グローバル共通としながらも、事業会社ごとに拡張可能なデータモデルにしています」と説明する。