デジタル推進プロジェクトは、商品開発・工程設計、コード統一、品質・サステナビリティ、生産管理・営業、システム基盤など複数のワーキンググループが連携し、各業務領域のリーダーとITベンダー、Ridgelinezの混成チームで動いている。担当業務が異なる領域リーダー同士の意見調整、YKKの要望のシステム要件への落とし込みなどは、Ridgelinezが一手に担った。YKKの三戸氏は「社内の者だけだと、利害が対立することがあります。チーム内にRidgelinezのメンバーがいることで冷静になれるし、いつも全体最適の視点から意見を調整してくれるので助かっています」と率直に語る。

働く喜びを解き放つ「人とAIの協働」

「デジタルを活用しないと、持続的に生産性を上げ、成長を続けるシナリオは描けません」と松嶋氏は語る。AIに任せられる仕事と人間しかできない仕事を見極め、人は付加価値の高い仕事にシフトする。それが、YKKの描く「人とAIの協働」の青写真だ。

 人とAIの役割分担について、恒田氏は明快な基準を示す。「正解・不正解がはっきりしている仕事はAIに任せ、答えのない問いには人間が取り組む」。仕事のスピードアップ自体はゴールではない。「価値を創造する仕事を増やしていくことが我々マネジメントの役割です」。そのために、社員が価値創造に使っている時間を可視化する仕組みを構築していくという。

 実装に向けて、2025年から2つの業務でAI適用の検証を始めた。一つはシステム利用に関する問い合わせ対応の自動化、もう一つは営業部門と生産管理部門における生産手配の業務だ。「実際に使って社員に効果を実感してもらい、スピード感を持って進めていきたい」と三戸氏は言う。2026年中の業務実装を見据え、顧客への提供価値向上につながるユースケースを増やしていく計画だ。

 世界の製造業の間ではいま、ロボットや生産設備などの物理的なシステムにAIを組み込む「フィジカルAI」に注目がそそがれる。「日本の製造業が世界でもう一度輝く存在になるためには、この競争で負けるわけにはいきません」。Ridgelinezで製造業領域のPractice Leaderも務める赤荻氏は、そう力を込める。生産設備が、AIというソフトウェアの目や脳を持てば、「不具合や不良品の発生などを目で捉え、原因を脳で分析して、設計や開発など上流工程にフィードバックすることで、ものづくりの精度を格段に高められる。同時に、日本の構造課題である人手不足に対しても、フィジカルAIは強力な処方箋となる」(赤荻氏)。

 AIは学習に適したデータがあってこそ、能力を発揮する。YKKでは今後、コード統一やグローバル業務基盤の稼働によって、AIが学習可能な良質なデータが膨大に蓄積されていく。「いま取り組んでいるプロジェクトは、フィジカルAIの活用という点からも将来的に大きな波及効果を生みます」。赤荻氏はそう断言する。

教科書的提案では現場が納得しない

 YKKは以前からデジタル化に取り組んできたが、「構想と現場実装の間で意思疎通がうまくいかず、スムーズに進みませんでした」と松嶋氏は明かす。仕切り直しを決断した松嶋氏は、Ridgelinezをパートナーに選定し、プロジェクト責任者として毎週、意見交換や進捗確認を行った。「Ridgelinezはものづくりに精通していて、現場と一緒に変革に取り組んでくれる」

 製造業の現場には「ものづくりのプロ」としての強い自負がある。「教科書的な解決策を提示するアプローチだと、現場から反発が生まれます」と三戸氏は言う。Ridgelinezは「話をじっくり聞いて課題を見つけ、解決策を提案する姿勢を貫いているので、現場からとても好意的に受け止められています」(三戸氏)。

 全社横断でプロジェクトを推進するために、Ridgelinezが提案したのが社長の松嶋氏や副社長の敷田氏も参加する「トップセッション」の設置だ。Ridgelinezもこの最高意思決定会議に加わる。「トップセッションで決めたことを業務領域ごとのテーマに落とし込んで、現場に浸透させるプロセスに我々が伴走しています」(福家氏)

 恒田氏は日々の協働をこう評価する。「Ridgelinezは、何か相談すると、すぐに的確な提案をしてくれる。テンポよく話し合えることがプロジェクト全体のスピードアップにつながっています」。通常業務を抱えながら参加するプロジェクトメンバーたちの思いを「ていねいに拾い上げて整理してくれる」点も高く評価している。

デジタルで「森林経営」と「ONE YKK」を結ぶ

 変革を成功させる要件は何か。3年間の伴走を経て、Ridgelinezの赤荻氏があらためて感じるのは、チェンジリーダーの重要性だ。「松嶋さん、敷田さん、恒田さん、そして三戸さんと、YKKにはチェンジリーダーが揃っている。チェンジリーダー不在の変革は、失敗に終わります」

 もう一つのキーファクターとして赤荻氏が挙げるのは、理念の共有だ。理念が形骸化している企業は、最新テクノロジーを導入しても変革は難しい。「変革の先に理念の実現があることを理解できれば、人は動きます。自分が共感する理念の実現に近づくことは、幸福実感につながるからです」

 プロジェクト責任者である恒田氏は、「仕組みができてからが始まり」という覚悟を持っている。「仕組みを導入したらプロジェクト完了と考えがちですが、そこからオペレーションを変え、新しい価値を創造していくことがゴールです」(恒田氏)

 YKKでは、「森林経営」という創業者の考え方が受け継がれている。森の木々のように個性を活かし自律的に成長することで、活力ある組織になるという考え方だ。ローカルの多様性・自律性を守りながらグローバルで人々の生活に貢献し続ける。「ONE YKK」が目指す姿はまさにそこにある。

「製造業に携わる一人として、日本の製造業の誇りを示したい。そのためにも、バリューチェーンの変革を成し遂げたい」と松嶋氏は語る。デジタルで理念を組織実装するYKKの挑戦は、製造業の国際競争力を再定義する試みでもある。

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