最近のビジネス関係の出版物やマネジメント・セミナーは、先端的な生産技術によってアメリカ産業のコスト競争力が回復、強化されることへの期待に満ちあふれている。しかし、このような生産プロセスの発展がその基盤をなす作業工程に及ぼす影響については、十分に認識されていない。

 フレキシビリティーの強化、生産時間の短縮、個別注文製品の増加、市場需要の変化に対する対応の迅速化、生産プロセスのコントロールと正確さの増大、単位時間処理量の増加――マネジャーが新しい技術を正しく適用するならば、こうした成果はもちろんのこと、さらに多くの成果がもたらされるであろう。

 もっともこの「ならば」というところが問題の核心である。新しい技術の適用を成功させるためには、これまでどっぷりと浸ってきた"規模"の思考――生産活動についての仮説、生産における選択とその結果としての戦略への影響についての仮説が依拠している――からの脱却が必要となるからである。

 本稿の著者たちは、前面に立ちはだかる挑戦的課題を明確にしつつ、その帰結について考える際のフレームワークを提示する。

 製造システムは企業の人的、財務的資産の最大部分を使用することが多いにもかかわらず、マネジャーはこれらのシステムが企業の全体的パフォーマンスに対してもつ中核的な重要性を必ずしも十分に認識していない。実際のところ、マネジャーは製造に関する意思決定を、企業組織の下部に委譲してしまってもかまわない簡単なこととして扱ってきたのである。その結果、極めて資本集約的な生産プロセスによる規模の経済の追求という説得性のある議論をなぜあえて再び検討しなおすことに貴重な執務時間を費やさねばならないのかと、問わざるを得ないことになったのである。

 国際的な競争場裡においてはもちろんのこと、製造技術における急速な変化は、これまで当たり前のこととされていたこうした議論の正当性に疑問を呈するところにまできている。確かに、製造「ノウハウ」が専用型の機械に具現化されて捉えられたときから、そうした思考の拠って立つ仮説が生じてきていると考えられる。マネジャーにとっての重要なトレードオフ――フレキシビリティに対する効率の向上(単位当たりコストの低下、精度の向上、生産量の増大)――は、必然的に、硬直性の増大という犠牲の下においても単一専門化への強化に結びつくこととなった。

 しかし今日では、こうした仮説は、コンピュータを統合した製造技術の最近の発展を取り入れている工場では有効性をもたなくなっている。さらに、世界的な競争のなかで、標準化、在庫、生産職位制などについての伝統的アプローチと矛盾する個別生産が志向されていることもあって、このような仮説は有効性を失っている。オペレーショナルなレベルにおいても、新しい技術は新しい思考方法を要求している。

 以下で2つの例を検討してみよう。

□ ある重機械メーカーは、中西部にある大規模工場の自動化を目的としてフレキシブル・マニュファクチャリング・システムを購入した。ところがマネジャーは、据え付け後の調整に際して作業情報の厳密かつ注意深いフィードバックが必要であるにもかかわらず、これまでそうした必要性に慣れていなかったために、この装置を効果的に使う方法を決して学ぼうとはしなかった。それどころか、シミュレーションを行なって研究するための資金さえ投じようとしなかった。生産量や生産部品の決定をしないままに、このメーカーはついに損失覚悟でこの工場を売却してしまった。

□ ある部品メーカーは精密部品ラインの自動化を望んでいた。製造担当スペシャリストは最初の意思決定の段階から除外されており、その結果、マネジャーがお粗末なやり方で大規模な設備投資に関与し、期待された改善が行なわれるどころか、何ヵ月もの間、頭痛の種を抱え込む始末となった。工場管理における1つの変更でさえ、期待された結果を実現しえなかったのである。