同社は、顧客コミュニティを通じて一人ひとりに寄り添った体験を提供することで持続的な成長を実現する「OneASICS経営」を掲げ、ランニングエコシステムを形成している。同社の会員プログラム「OneASICS」の会員数はグローバルで2300万人を超え、蓄積したポイントはランニング拠点施設の利用やマラソン大会へのエントリーなど、走ることにまつわる体験全般に還元できる。

 欧米型エコシステムが規模の拡大を主眼とするのに対し、アシックスが目指すのはブランドと顧客、顧客と顧客の関係の深化だ。佐藤氏は「あくまで人を起点にして顧客体験を豊かにし、ボトムアップ的な価値観共有によって、エンゲージメントの強いエコシステムが自然創発的に広がっている。アシックスのアプローチは非常に秀逸で示唆に富んでいます」と語る。「規模」よりも「深化」、短期的効率よりも長期的な関係性を優先するアプローチが、AI時代においても有効な差異化の軸になりうることを、このモデルは示している。

 こうした先進的な取り組みがある一方、日本企業全体でのブランド投資はいまだ十分とはいえない。「企業価値に占める無形資産の割合は、米国の9割に対して日本は3割※ほどです。日本はブランド力強化による企業価値の成長余地がまだまだ大きい」(佐藤氏)。
※ 経済産業省調べ。2020年時点の米S&P 500と日経平均株価(225種)の比較

 昨今、ROIC(投下資本利益率)を重要経営指標とする企業が増えているが、分母の投下資本を減らすのではなく、ブランドに象徴される非財務資本を強化し、利益率を高めることが持続的なROIC向上に直結することを経営者は忘れてはならない。

経営者が主導すべきブランドアクティング

 AI時代にも選ばれ続けるブランドであるために、経営者が取るべき行動の一つは、価値創造ストーリーを語る「ストーリーテリング」だ。しかし、「それだけでは不十分です」と佐藤氏は言い切る。

 生活者や投資家はいまや、ストーリーだけでなく「そのブランドを選ぶことで体験がどう変わるのか、ブランドを軸として事業変革がどう進むのか」を重視している。価値創造ストーリーを組織や事業に落とし込み、顧客体験の進化や事業変革に結実する「ブランドアクティング」に昇華させなければ、「共感や納得を得ることは難しい」と佐藤氏は指摘する。

 ブランドアクティングを牽引する主体は、経営者自身だ。インターブランドの調査では、IR(投資家向け広報)活動においてみずからの言葉でブランドを語る経営者がいる企業は、そうでない企業に比べて市場センチメントが明らかに強気傾向を示すという結果が出ている。「企業価値の向上を目指すうえで、経営者がブランドの体現者となれるかどうか。それが非常に重要なカギです」と佐藤氏は強調する。

 リッカ氏は企業リーダーに向け、一つの問いを投げかける。「ブランドについて何もしなければ、どうなるのか」──。AI時代の急流の中で、何もしないという意思決定には大きな代償を伴う。経営者がブランド価値を体現し、組織と事業に実装する。その意思決定を先送りにする余裕はない。

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