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コンサルタント、学者、最高経営者の中には、非人格的な、経済的な観点から企業を見る人もある。市場には、競争の背後に"いくつかのルール"が存在する。その明らかな例外は、ごく一時的な脱線である。こうした見方は、経営計画作成過程に対して深い影響を与えてきている。
1970年代には、現実世界とはある程度遊離した形でいくつかの理論が突然に台頭した。会社の将来の役割は、経営者の主観的な判断で決められるのではなく、その構造的な地位によって決められるようになったのである。
しかし、こうしたアプローチは、その実行面で失敗していることが多い。結局は、あるシステムによって生み出される計画書に基づいて最終的に行動しなければならないのは、経営者なのである。経営者は、現実世界に対処しなければならない。しかも会社は、ある特定の問題に対する理想的な解決策を完全に理解することはできないかもしれない。すべての経営者は例外的な事象や非連続な事象に遭遇することがあまりにも多いが、企業の将来を計画する際に、そうした事象は、非個人的な努力や既存の産業構造よりも重要であるかもしれない。
非人格的な計画作成のアプローチは、どの程度まで伝統的な経営にとってかわっているのだろうか。この質問に対する解答を得る手助けとして、最近ハーバード・ビジネス・レビューは、フィリップ・ハスペスラフが行なったフォーチュン誌上位1000社に関する調査を支援した。その調査テーマは、最近まで計画作成用具のうちで最も一般的であった戦略的ポートフォリオ計画であった。
ハスペスラフの調査結果が示すところでは、実際そのアプローチのおかげで、経営者は自社の計画作成過程を強化し、多角化した生産会社を管理するいくつかの問題を解決することができる。だがその反面では、成功の秘訣は、単にポートフォリオ計画の理論の中核である分析手法それ自体にあるのではなく、むしろその理論を経営過程に具体化するという経営管理者の挑戦課題にどう対応するか、という点にある。経営者には、理論と実践を分離するというぜいたくは許されないのである。彼らにとっては、そのジレンマは一時的なジレンマである。
すなわち、経営管理の現実に照らして、理論が現実に対応するときに初めて、理論は有益なのである。
大規模な生産会社――その大半は多国籍会社である――の様々な経営行動は、直ちにその競争上の最大の利点になり得ると同時に、その最も根本的な問題点ともなり得る。その多様性のおかげで、こうした会社は、一方ではその成熟した基本事業から生み出されるキャッシュ・フローを活用し、新しいリーダーシップ地位を獲得することができる。だが、この同じ多様性によって、他方では全社レベルと事業レベルの間に経営管理上のギャップが生まれるのである。というのは、全社レベルは、資源を配分する権力をもっているが、それぞれの事業に関しては表面的な知識だけしか持ち合わせていないことが多く、これとは対照的に事業レベルでは、経営者が資源配分に関する意思決定に必要な実質的な知識をもっているが、全社的な大きな視点に欠けているからである。本社の経営者は、自分があまりにも事業から離れ過ぎているために木(事業)を見ることができず、しかもあまりにも全社に近すぎるために森(全社)を見ることができない、と感じることが多いかもしれない。
1970年代後半には、ポートフォリオ計画作成という名前の戦略計画のアプローチが新しく誕生した。このアプローチは、多様性を管理する現在の問題と将来の見通しに対応している広範囲な会社に浸透した。筆者の調査資料によれば、1979年の時点では、フォーチュン誌上位1000社の36%と上位500社の45%の生産会社がすでにある程度まで、このアプローチを導入していた。過去5年間に、毎年さらに25社ないし30社がこれに仲間入りをしている。
ボストン・コンサルティング・グループ、マッキンゼイ、アーサー D. リトルのようなコンサルティング会社がそれを推奨しただけではなく、ゼネラル・エレクトリック、ミード、オリンのような有名会社がそれをほめちぎったので、ポートフォリオ計画は、多くの経営幹部の心をゆさぶったのである。彼らは新しい戦略用語を話したり、思いつきの図表に点数をつけて会社の役員室で自分の強い関心を表明しているのである。しかし、もっと重要な点としては、ポートフォリオ計画は、経営幹部が自社の経営について考える方法に甚大な影響を与えているように思われることである。
だが、いったい何に大騒ぎしているのだろうか。ポートフォリオ計画とは何なのだろうか。推奨どおりの効果があるのだろうか。また、その実践はどうなのだろうか。その適用範囲はどの程度にわたっているのだろうか。その実行にはどんな問題があるのだろうか。それはほんとうに機能しているのだろうか。あるいは、それはコンサルタントがトップマネジメントに売り込むための一連の新しい言葉にすぎないのだろうか。すなわち、それは覚えなければならないにしても、すぐ忘れられてしまうような言葉なのだろうか。



