HBRが当初この論稿を1955年1-2月号に掲載したころ、多くの企業では、理想的な幹部のパーソナリティ上の特徴を明らかにしようと精力的な試みが行なわれていた。本稿は、関心の方向をそのような努力からそらせ、もっと有効な設問に向けさせようとして書かれたものである。その設問とは、優秀な経営幹部は、どのような目立ったスキルを発揮しているかである。

 つまるところ、カッツ氏が指摘するように、経営者が本当に知りたいのは、ある人物がどんな人がらかというよりもむしろ、その人は何ができるかであるべきなのだ。そしてカッツ氏は、管理者が成功するには、その所属する管理階層のレベルによって程度は変わるものの、必ず有していなければならないものとして3つの基本的スキル――テクニカル・スキル、ヒューマン・スキル、コンセプチュアル・スキル――を指摘している。

 このアプローチの確かさは、1974年の前半6ヵ月の間に、リプリントがほぼ4000部も売れたということに見られるような、本稿に対する息の長い人気に示されている。論旨を今日に合わせて修正するために、著者はHBRの1974年9-10月号に再録されるに当たって、当時を振り返った回顧をつけ加えたが、それを本稿末尾に掲げた。ここでは総じて当初の論稿に即してはいるものの、過去20年間の経験に照らして、多くのアイデアを大幅に精緻なものにしあげている。

 優れた管理者の選抜や訓練は、米国産業界の焦眉の問題として広く認識されているが、何が優れた管理者を作り出すかについて、経営幹部や教育者の間に見られる合意は驚くほど少ない。わが国のいくつかのトップレベルの企業や大学の経営者育成プログラムをみても、その目的に、とてつもなく大きな振れがあることが分かる。

 こうした振れが起こるのは、いかなる組織のいかなる問題についても有効な対応策をとりうる"理想的な経営幹部"を、客観的に見分ける鍵となる特性ないしは特質を産業界が探し求めているということに起因している。ある米国の産業評論家は、最近次のように語っている。

「経営幹部のタイプがあるという仮定は、大っぴらにせよ暗黙裏にせよ、広く受け入れられている。しかも、いかなる経営幹部でも、異なったレベルの職位に充てるためには、あらゆる種類の管理者が必要だということは多分、分かっている。作業長に最も必要とされる資質は、おそらく生産統轄副社長に要請されるそれとは、まったく異なっているだろう。経営幹部育成に関する文献は経営者に必要な資質を定義しようとする労苦にあふれ、それだけをとってみれば、その資質は極めて筋の通ったもののように響く。例えば、トップレベルの管理者は正しい判断ができ、決定を下す能力があり、他人の尊敬をかちとる能力があると同時に、管理者たるものなら誰でも言及しうる、その他あらゆるきまり文句で表現できる能力を持っている必要があるという事実に、異を唱える人はまずあるまい。しかし、どのような会社でも成功している管理者をちょっと眺めて見さえすれば、彼らの個々の資質が、経営幹部の美質をあげた理想的なリストの内容から、どれほど大きくかけ離れているかはすぐ分かる(1)」

 しかも、このような経営幹部像の探求に熱心なあまり、特定の性格や資質に注意を集めてしまい、本来の関心事であるその人物が何を達成できるかということが目に入らなくなってしまう危機に陥っている会社が多い。

 本稿の目的とするところは、管理者の選抜や育成により有効なアプローチとは何かを示すことである。このアプローチは、優れた管理者とはどのような人か(先天的な性格や特徴)によるのではなく、むしろ彼らが何をするか(仕事をてぎわよく片づけてゆくときに示すスキルの種類)に基づいている。ここでいうスキルは、必ずしも生まれつきのものではなく、育成可能であり、単に潜在的なものに留まらず、行為として現われる能力を意味している。したがってスキルに優れているということの主たる判定基準は、様々な条件の下で効果的な行動をとるということでなければならない。

 このアプローチが示唆するのは、特質を見分ける必要をなくし、管理プロセスを観察し理解するに役立つ方法を規定する3つの育成可能な基本的スキルに効果的な管理というものが依拠しているということである。このアプローチは、仕事中の経営幹部をじかに観察し、それに現在行なわれている管理に関するフィールドリサーチの研究成果を組み合わせた結果、生まれたものである。

 この後に続く各項では、この3つのスキルがいかなるものかを定義、立証し、この3つのスキルの相対的重要度は管理の責任レベルによって変わるということを示唆し、経営幹部の選抜、訓練、昇進に対して、この差異が意味するものを提示し、このスキルを育てる方法を提案してみたい。