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今日、少なくとも一般大衆の感覚としては、この国の経済の状態を象徴しているのは、今までのように煙突から吹き出す煙ではなく、デトロイトの失業者の群である。こうした陰うつなムードにせきたてられるかのように、アメリカにおける産業政策に関する論議も、ついにその純粋さを失ってしまった。あるいは、もう少し公平な言い方をすれば、アメリカ自身がその経済的純粋さを失ってしまったというべきか。すなわち、アメリカの産業は、政府の無用な介入がなくとも、アメリカ国民の生活水準の向上にとって確実な原動力たりうるという揺るぎない確信が失われてしまったのである。
こうした状況の変化の下では、われわれはもはや、産業の抱える問題点を看過したり、苦痛を伴わない解決策で済ますといった余裕はない。少なくとも本稿の著者はそう主張する。逆にわれわれは、アメリカの産業基盤が完全に国際競争力を回復するためには、厳しい苦痛を伴う構造改革を経験する必要があるという事実を直視しなければならない。それと同時に、こうした改革には、資本のフローを必要なところに誘導するためにも、あるいは労働力の再配置に伴う避け難い混乱を緩和するためにも、慎重に設計された産業政策が必要とされよう。
狂乱する物価、高い失業率、そして貿易収支の逆調、これらは単に近年のアメリカ経済を悩ます病弊であるというだけではない。国際競争上の地位低下を示すこれらの徴候は、同時に、おなじみのケインズ流の需要管理に基づいた処方せんに対して、明白な反証を提示するものでもある。最近の経験が示している通り、総合的な財政・金融政策は、この国の産業競争力を向上させるために必要な新規投資を創出するうえでは、もはや何の効果も発揮していない。だとすれば、これに代わるものは一体、何か。
2つの広範な政策が考えられる。双方とも、需要よりも投資の刺激に焦点を当てているのは明白である。1つは"サプライサイド・エコノミックス(供給の経済学)"と呼ばれ、いま1つは"産業政策"である。その双方ともアメリカにおいては未だかつて十分に試されたことはないが、いずれにせよ、このうちのいずれか、あるいはその双方の組合わせによって、今後10年間のアメリカの経済政策の基盤が形成されることは十分考えられる。
単純化した言い方をすれば、サプライサイド・エコノミックスでは、投資(特に設備投資)水準を引き上げ、消費水準を引き下げ、結果として新規資本を創出する政策を政府に求める。これらの目標を達成するために、サプライサイド・プログラムにおいては、貯蓄者および投資家に対する課税を低減し、各種規制や独禁法適用を緩和し、社会保障や保健、福祉に対する公共支出の増加を抑制し、そして全般的に、経済活動に対する政府の介入を制限する形がとられる。
いうまでもなく、こうした政策はアメリカの貧困層、中でも老齢、病弱、職業訓練の欠如などのために、公共的な援助に大きく頼っている人びとに、最も苛酷な影響を及ぼすだろう。これらの人びとは同時に、清浄な空気や安全な労働環境といった公共財に対する支出削減によって最も影響を受ける人びとでもある。富裕層ならば、汚染度の低い郊外で生活し、より安全な職場を選ぶことによって、これらを"金で購う"ことができるのである。減税すらもたいして救いにはならないだろう。すなわち、貯蓄性向は貧困層よりも富裕層のほうが高いので、貯蓄者および投資家に対する減税は、課税負担の逆行現象をもたらす可能性がある。
しかしこうした犠牲は、おそらく杞憂に終わることになると思われる。サプライサイダーは、資本形成が産業生産性の第一義的な源泉であるとして、大きな信頼を寄せているが、投資と産出との関係は現実にはそれほど明確ではない。アメリカにおける生産性の伸び率は、1967年から1973年の間に鈍化したが、同期間の資本形成の伸び率は、第2次大戦後を通じて最も高かった。事実、製造業の年間投資額が製造業産出額に占める比率は、13.6%から15%へ着実に上昇し、一度として日本や西ドイツの比率を下回ったことはなかった(1)。加えて、経済が資本集約型から知識集約型へ、もう少し特定していうならば、製造業型からサービス産業型へ移行するに従い、高度成長に必要とされる資本量は急速に低下した。
一方、産業政策は、アメリカよりも日本やヨーロッパでよく知られているが、サプライサイド・エコノミックスと比較すると、全般的な資本形成よりも資本配分のほうを重視する。産業政策は、最も生産的な投資のパターンに焦点を合わせる。すなわち、産業インフラストラクチャー(高速道路、港湾、下水道)の開発を促進しつつ、国際競争力を確実に高めていく産業部門と、その部門に必要とされる熟練労働力の育成に力点を置く。それと同時に、この経済変化によって最大の打撃をこうむる人びとからの抵抗を拡散するために、地域の発展のバランスを保ち、残留もしくは再配置を強制される労働者を支援する政策をとる。
理論上からいえば、産業政策は、伝統的なマクロ、あるいはミクロ経済学というよりも、むしろ多くの企業で用いられている戦略プランニング・モデルに近い。その最大の関心事は、短期的に配分可能な効率性や総合的な需給関係にあるのではなく、むしろ世界市場における構造変化と、一国経済のキー・インダストリーが占める戦略的位置付けにあるのである。



