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マーケティングは、あいまいな学科である。あるマーケティング戦略は成功するのに、他の戦略は成功しない理由を解明することができないのだ。だから特に不思議ではないのだが、管理者は過去に成功したマーケティング戦略をみだりに変更したがらないことが多い。たとえ市場の条件がすっかり変わってもである。それどころか、利潤その他の指標が戦略変更すべきことを示唆していても、往々にして昔のマーケティング戦略にしがみつこうとする。
著者は、市場変化に対する経営者のこの適応不能を"マーケティング惰性"(marketing inertia)と名づける。著者の論ずるところによれば、多少とも価値基準の硬直化した経営者は、決まってマーケティング惰性に陥りやすいという。この適応不能を打開するため、市場の監査や顧客の態度をじかにモニターするなどの方法を通じて、管理者が市場の実態と条件に対する理解力をもっと高めるように著者は勧めている。
「息子と私とオートバイ(1)」(Zen and the Art of Motorcycle Maintenance)という本のなかで、著者のロバート・パーシグは、多くの"常識のわな"のことを書いている。それは人の目をくらませて、一見利益になりそうな行動に人を誘いこむ状況のことである。その1つ、"南インドの猿のわな"というのは、鎖で杭につないだ中空のココヤシの実でできている。ココヤシの中には米が入れてあって、小さな穴から手を入れれば、それがつかめる。穴の大きさは、猿が手を差しこむことはできても、米を握った拳は引き出せないくらいにしてある。猿は手を差し入れてわなに引っかかるが、これは猿の価値が硬直化しているからにすぎない。パーシグが述べているように、猿には"米のない自由は、米でつかまるのよりも価値がある"ということが、分からないのだ(1)。
似たような価値の硬直化は、企業のマーケティングに対するアプローチの場合にも起こる。この場合、硬直化とは、"マーケティングの惰性"とでも呼ぶべき常識のわなのことである。硬直化とは、変化した市場の条件に対して経営者が正しく反応しなかったり、あるいはまったく反応を示さなくなることであって、以下の実例にそれが表われている。
□アメリカの自動車産業は、消費者の志向が燃費効率のよい小型車に移行している兆候が早くから見えていたのに、長期的な力を蓄えないで短期的な利潤を追求したとして、これまでよく非難された(2)。それはそうだとしても、ゼネラル・モータース社はフォード社より2年ないし4年くらい早く、変化する市場に対応していた。
GMが対応できたのは、資金力が強大で規模が大きかったからだという議論も成り立つだろうが、情報を詳しく読んでみると、両社の首脳陣の精神的な要素がもっとも重要だったことが分かる。消費者のこのような傾向を認知したとき、フォード社は、"縮んだ車に大衆を慣れさせる役目はGMに一任するほうを選択した"のだ(3)。
□1973年の石油輸出禁止のとき、7大石油会社のなかで、これによって起こる動乱に備えていたところは1つもなかった。それでも6社は、ただちに適応して成果を収めたが、最後のテキサコ社だけは、いわば大失策をやらかした。テキサコ社の1960年代における長期マーケティング戦略は、他の大手石油会社と同じように、石油はいつまでも安くて無尽蔵だという基本的な想定に立っていた。どの会社も製油所とガソリン小売配給設備を増設することによって、売上げ規模拡大のために資金とマーケティング活動を集中したのである。
1973年の禁輸期間とそれ以降、テキサコの競合各社は重点を精製から探査へ、精製品の販売増強から多角化へと移行させた。だがテキサコ社は、少なくともその後5年間は精製と供給設備の増強に没頭しつづけたのである。
その結果、テキサコ社は利益率第1位から最下位に転落した。観測筋によれば、大部分の責任は経営者の"内向的な"やり方と意思決定の"過度なまでの集中化"にあるという。「テキサコ社の失敗は、会社のシステムに惰性がまんえんして、それまで歩んできた進路を踏みはずせなくなったことだ」とビジネス・ウィーク誌の論説は述べている(4)。
□それよりはるかに小さい会社――売上高1億ドルの重機製造業者――の例だが、ここはマーケットシェアが小さく、機械製造ラインの利益率が低い状況から、ずっと抜け出せないでいる。この会社には独裁的な技術畑出身の最高経営責任者がいて、開発技術スタッフのために主な設計プロジェクトをみずから選び、会社は品質最高の機械を製造すべきだと主張している。産業用機械の市場では最近4つの大きな新製品導入が見られたが、この会社はいつも後塵を拝してきた。ある新製品の場合など、会社は市場の大きなセグメントをねらって特殊な装置を導入したものの、市場のリーダーに遅れること4年に及んだのである。



