アメリカのインテリ社会と実業界との間に、ここしばらくの間ほとんど意志の疎通がなかったことは公然たる事実である。人間の精神生活のことに専念している人びとにとっては、商売の世界はよくて関係のないこと、悪くすれば道徳的に価値の劣るものにみえていた。同様に商売にたずさわっている人びとにとっては、抽象的な観念の世界はよくて非現実的であるにすぎず、悪くすればイデオロギー的に疑わしいものと映っていた。

 たまに両社会の間に交流が必要となる機会があっても、それはしばしば実りある対話というよりは、批難の投げ合いに終わることが多かった。双方ともがこの不幸な事態に苦しんできた。インテリたちは資本主義の実際的知識をほとんど持たずに、真空状態の中で物を書き、論じてきたし、いっぽう実業界の人びとは、抽象的観念のために費やす時間をほとんど持たないで、自分たちがしていることに対して、もしくは自分たちが代表している経済制度に対して、広く満足のいく論理的根拠を構築しえないできた。

 しかし本稿の著者が言及しているように、このような膠着状態はついに崩れつつある。現在、アメリカのインテリたちの間には、資本主義の価値に対する新しい評価が存在しており、実業界の人びとはこれに耳を貸すことによって報いられるであろう。

 実業家たちは、インテリ社会で戦わされている議論にめったに興味を示さないできている。実際、この無関心、時にはほとんど軽蔑に近いものが、実業界の人びとに実利主義者という悪名を得さしめた原因であった。このような見方は厳しすぎるといってよかろう。多分、実業家たちは――その名のごとく――ビジネスに忙殺されていて、その他の事には注意を払う暇がなかったにすぎないのであろう。恐らく無関心とみえたものは疲労であり、軽蔑とみえたものは自己防衛であったのであろう。

 いずれにしろ、実業家たちはその怠慢に対して高いコストを支払わねばならなかった。彼らが非常に狭い意味でその仕事に没頭していた間に、インテリたちは資本主義に対する大攻撃を勢力的に加え続けていた。この攻撃は大部分反論されることもなく、ついには政府規制その他の政策として実を結んでいったが、これらの政策に対して実業界は文字通り、そして不幸にも、注意を払わざるをえない立場に追い込まれたのである。このような経験に照らしてもなお、観念は自分たちに何の関係もないと考えるような実業家は実利主義者どころか、馬鹿者である。

 しかし実業家たちにとって、過去においてインテリたちの攻撃に関心を払うことが有利であったであろうと同様、近年の最も顕著な、しかしほとんど注目されていない現象のひとつ、すなわち伝統的な反資本主義的態度が逆転する兆候がインテリ社会の内部でみえ始めているということに相当の関心を支払うことは有益であろう。なぜなら、アメリカの私企業の存続自体が、資本主義に対するこの新しい好意的態度が伝統的な敵意にうち勝って、観念の世界において最終的に勝利を占めるか否かにかかっているからである。

変化の兆候

 過去において、資本主義に対する敵意はほとんど常にインテリのインテリたる性格のひとつであった。ここで私がインテリというのは、観念を伝達し、普及することに専門的にたずさわる人びと、観念と共に生き、観念のために生き、また観念によって生計を立てている人びと、主として大学もしくは報道関係で働く人びとを指している。もちろん、中には2人のノーベル賞受賞者フリードリッヒ・フォン・ハイエクと、ミルトン・フリードマンの名前がすぐに浮かぶように、例外もある。しかし多くのインテリたちは常に資本主義を悪とみなしてきた。すなわち彼らにとっては、資本主義はそれ自体不健全な制度であり、社会全体を道徳的、精神的に破壊する原因であったのである。

 このような態度は、ある程度までは、資本主義の客観的実績、特にその初期における周期的不況、労働者の悲惨な運命、貪欲、強欲な人びとにも報いることなどに対する反応であった。しかし同時に実業家たちが優位を占めていた制度の下で、インテリたちが権力と影響力の中心的地位から除外されていたこともまた、これに一役かっていたことも確かである。この後者の要素が、インテリの反資本主義態度形成において、利害を離れた道徳的判断に対抗して、どの位大きな役割を演じたかをのべることは非常に困難であろう。しかし上記2要素の相対的重要さがどうであろうと、この態度自体が今や変化しはじめているのである。

 誇張するつもりはないが、有名な政治社会学者であるセイモア・マーティン・リップセッツは、彼の行なった実態調査の結果として、今日アメリカの大学教授の90%近くは自分自身を資本主義に好意的であると思っている、と報告している。これを聞いて私は年取ったユダヤ人についての小話を思い出す。このユダヤ人はロシアの小さな村からめったにしない汽車の旅に出て、生まれてはじめて中国人と会った。彼はこの珍しい生き物に向かって、「この世界にあなたのような人びとが何人位いるんですか」とたずねた。「約10億人位です」と中国人は答えた。「そんなにたくさん。ではどうして今まで、あなたたちのことを何も聞いたことがないのでしょう」――。

 もしリップセッツの数字が正しいとするなら、リップセッツは学問の世界における黙せる多数者を発掘したわけで、これに比べればニクソン時代の黙せる多数者でさえおしゃべりで、騒々しくみえるほどである。私自身の印象では、インテリたちは一般的にいってまだある程度、資本主義に対して敵意をもっていると思われる。このことは通常、われわれが噂を聞いたり、――また直接話を聞いたり――するインテリたちについては確かにいえることである。