製品ライフサイクルは、マーケティングの文献の中で、これまでたびたび記述され、分析され、解説されてきたので、いまでは多くの経営管理者にとって"既知のもの"になっている。

 本稿は、製品ライフサイクルに真っ向から疑問を投げかけるものである――この概念の解釈の特定側面だけでなく、その概念自体とその存在に対してさえも、である。しかも著者たちは、この概念のせいで、多くの企業が高価なあやまちを犯し、有望な概念をとり逃してきたと、主張する。

 経営者は各製品について、効果的な情報システムを採用し、それらの製品の販売促進の方法や、販売促進の継続の可否を実際的に決定するほうが、はるかに得策である。これが著者たちの確信であり、そういう見地に立って、さらに経営者に彼らの必要としているデータをもたらすようなシステムの若干の要素について説明する。

 以前、さる大手メーカーが、床用ワックスのあるブランドの販売促進を実施していた。着実な成長期を経て、この製品の売上高はやがて、高原状態に達した。マーケティング調査を実施したところ、テレビのスポット広告をふやし、ついでに広告のコピーも変えれば、もう一度、成長のハズミがつくかもしれないという示唆が得られた。にもかかわらず、その会社の経営者は、どうせなら、それに要する資金を、新製品の導入に回したほうが得だと思って、そういう提案を却下してしまった。

 ところが肝心の新製品は、強力なマーケティング活動の支援があったにもかかわらず、売行きがパッとしなかった。と同時に、以前からのブランドも、しっかりとした足場が取り外されてしまったので、売上げが減少して、ついに回復をみるに至らなかった。こうして、この会社は、2つの敗残品を抱え込む仕儀になってしまったのである。

 こういう経験は、決して異例ではない。各種のブランドはライフサイクル(生活周期)をたどり、数年にわたって販売促進を受けたのちに、いや応なしに死滅するものと、多くの人が思い込んでいる。経済学の分野のあまたの魅力的な――ただし未検証の――理論と同様に、ライフサイクル概念は、著しく長持ちのする概念であることがすでに明らかになっており、多くの刊行物の中で雄弁に、その効能が論じられてきた。事実、専門的な議論の中でこの概念が採用されると、マーケティングは科学に近づきつつある、とかねてから、しつこく繰り返されてきた主張が、一段と光彩を増すし、いかにも本当らしくみえてくる。

 その唱道者たちが展開している製品ライフサイクル概念は、わりあい単純である。この概念では、市場に存在するあらゆるものが、人間や動物と同様に、いずれは死ぬ運命にあると仮定されている。新たに生まれたブランドは、勢いよく成長し、しだいに成熟し、次いで衰退期に入って、やがてひっそりと死滅する、というのである。図1は、典型的な製品ライフサイクルで仮定されているごく一般的な利益・売上高関係を示したものである(以下、PLCとは、プロダクト〈製品〉ライフサイクルの略)。

 ごく大ざっぱにながめてみてさえも、ここに描かれている絵には、いくつかの欠陥がある。生物界では、ライフサイクルの各段階は、その期間がかなりはっきりと決まっている。しかも、各段階は一定不変の順序で連続し、逆転不能である。ところが、これらの条件のどちらも、マーケティング界におけるライフサイクルの特徴にはなっていない。この世界では、ライフサイクルの諸段階の長さは、製品により、まちまちである。なかには、導入期から一足とびに成熟期に移行して成長期らしい成長期を経験しないものもある。かと思うと、あれよあれよという間に流行の頂点に達し、ほんのつかの間、不安定な状態でそこにとどまっているだけで、早ばやと転落して完全に忘れ去られてしまうものもある。後者の場合には、導入期や成熟期らしきものを判別することさえも不可能である。

 そればかりか、製品が、"第2の生命"を獲得したり、(別の形に)生まれかわったりすることだって珍しくはない。すぐれた販売促進のおかげで、これまで多くのブランドが、成熟段階から、衰退や死滅への道をたどらずに、新たな急成長段階に入っているのだ。もろもろの製品の非生活的、非周期的なビヘイビアについては、本稿のあとの部分で考察を加えることにする。