同じように、生産やマーケティング、あるいは財務や人事などの部門でも大規模な改革が同時進行した。当時の社内で使われた言葉ではないが、こうした改革の束を私は「トータル・バリューチェーン・イノベーション」と呼んでいる。

 イノベーションというと、研究開発や生産などの分野の話と考える人は少なくない。実際、多くの日本企業はそのようにして勝ってきた。ただ、それはおそらく80年代までのことである。テクノロジー・ベンチャーなどの特殊なケースを除けば、バリューチェーンの全プロセス、本社はもちろんすべての拠点がイノベーションに取り組む必要がある。さもなければ勝てない、そんな時代になったのである。

「外資だからできる」というまやかし
人員削減に着手しない理由

 マクドナルド氏の下で、私は抜本的な人事改革に取り組んだ。当時、私は日本と韓国のP&G現地法人の人事部門を統括する立場にあった。1990年代末から2000年代初めにかけて、日韓を合わせた数字だが、およそ5年をかけて31%の社員を削減し、組織はスリム化された。

 この施策は前回述べたビジョンのなかの一つ、「生産性で一番になる」、戦略に明記した「コスト削減」などの方針に基づいている。その結果、5年間で約7割の生産性向上を実現している。

 コスト削減で生み出した資金は、トップライン拡大に向けてマーケティングや価格戦略などの施策に投入された。燃料は遅滞なく成長のエンジンに供給され、V字回復後の飛躍が加速された。

 こうした話を紹介すると、しばしば「外資だから(P&Gだから)できる」「日本企業にはいろいろな制約がある」といった反応に出くわす。本当にそうだろうか。外資系企業といえども、日本での事業は日本の法制度の枠内にある。

 リーダーの覚悟さえあれば、そして企業を中長期的に成長させるという強固な意思さえあれば、日本企業にできないはずがない。しかし、多くの日本企業はぎりぎりまで追い詰められなければ、必要な人員削減に着手しようとしない。社長が世間体を気にしているのか、決断力に欠ける調整タイプの人しか社長になれないのか。あるいは、1、2年先のことしか考えず、中長期の時間軸を持っていないからだろうか。さらには、多くの企業は勝ちにこだわらない。これが一番の問題かもしれない。

 もう一つ、指摘したいのは人事部門における専門性の欠如または不足である。人員を削減してスリムな体制ができたとしても、残った社員のやる気が失せてしまえば意味がない。ヘタをすれば、コスト削減分を上回るダメージが、売上げ減として跳ね返ってくるかもしれない。業績はさらに悪化すれば、第2弾、第3弾の人員削減を迫られるだろう。実際、そんな負のスパイラルに陥った日本企業も散見される。こうしたケースにおいては、リーダーだけでなく、人事部門の責任も大きいように思える。

 会社を去る人の不満をいかに取り除くか、残る人のモチベーションをいかに維持するか。それは大きなチャレンジである。周到な準備と粘り強い話し合いが欠かせない。それは面倒で骨の折れる仕事だ。加えて、法制度に対する知識や人事に関する高度な専門性、企業戦略への深い理解が求められる仕事でもある。