なぜ、優秀な社員から辞めてしまうのか?
トップタレントを守り抜く覚悟はあるか?

 私はP&Gジャパンの人事本部長として、3割の社員削減を指揮した。日本では指名解雇は難しいので、すべて希望退職である。辞めていく人にとって有利なパッケージを設計し、転職のための充実したサポートを用意した。そして、数年間の時間をかけて労働組合や社員と話し合った。

 本社の前に赤旗が翻ったり、拡声器で「リストラ反対」と叫ばれるようなことはなかった。社員との話し合いは大人同士のそれであり、非常に穏やかなものだったと思う。スムーズに事が運んだ大きな理由は、企業としての基本的な姿勢にある。本当に、親身になって社員のことを考えるかどうか。P&Gジャパンはその基本を守ったから、社員の理解を得てリストラを進めることができたと私は考えている。

 付け加えるとすると、人事部門が前面に出るのではなく、あくまでプランニングや側面支援に徹することも重要。前面に出るべきは上司だ。こうした厳しい場面で問われるのは上司の人間力であり、日ごろからの部下との関係づくりである。

「日本企業で希望退職を募ると、優秀な人から先に辞めてしまう」という話もよく聞く。同期で横並びの報酬、似たようなポストという旧弊がこのような事態を招いている。年功序列が維持されている企業では、Aクラスの人材は、本当に自分が会社から評価されているのかどうかわからない。「役員は確実」といった確信を持てる社員を除けば、「自分はどこでも通用する」という自信を持つ人たちが流出することは避けられないだろう。

 P&Gジャパンは社員の能力や成果に応じて処遇している。海外を舞台に、実力をさらに高めるチャンスも多い。AクラスとCクラスでは、報酬やポストにもかなりの差がある。Aクラスの人材が希望退職のパッケージを見て、「こっちのほうがトクだ」と考えることはまずないだろう。

 2000年前後、私は「絶対にトップタレントは辞めさせない」との決意を持って人員削減に取り組んだ。結果は目標通り。脱落したトップタレントは一人もいなかった。

 人事と組織文化に関する改革のテーマは多岐にわたった。先に成果主義に言及したが、改革前には年功序列の色彩が色濃く残っていた。そこで、年功序列から成果主義への転換を推進。ほかにも、以下のようなテーマがある。職能給から職務給へ、就業規則に基づく社員管理から自由・自己責任・信頼の文化へ、男性中心から多様性の尊重へ、ローカル色の強い文化からグローバルな文化へ、本音と建前の文化からアイデアの民主主義へ。

 これほどのドラスティックな変化を短期間で進めることはできない。人員削減と同様の基本姿勢で、社員と時間をかけて話し合いを続けた。「P&Gジャパンはこんな会社になりたい」という方向性について社員の納得感を醸成し、「だったら、いまの仕組みはこのように変えていきましょう」と具体論に落とし込む。このようにして、長年続いてきた旧来型の制度や組織文化を変えていったのである。

 最後に、もう一度繰り返す。P&Gジャパンにできることが、日本企業にできないという理由はない。明確なビジョンと戦略の確立と社員への丁寧な伝達、トップリーダーの決意とリーダシップチームの団結、そして周到な変革計画とその実行。この条件が整えば日本の企業にもできないことはないと考える。