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事業戦略とオプション
経営幹部が企業戦略を策定する場合、未来に身を置いてみて、会社が現在いるポジションから、数年後には到達していたいと考えるポジションに至るまでの道筋を考えることになる。しかしながら、現在のような競争の激しい市場環境では、長期戦略計画の詳細を詰め、それにただ忠実に従う、ということはできなくなっている。将来への道がスタートすれば、すぐに事業を取り巻く環境、競合企業の行動、事前準備の優劣といったさまざまな問題について学習が始まる。しかも私たちはそうしたさまざまな問題に対して、柔軟に対応することが求められる。
残念なことに、ディスカウンッテッド・キャッシュフロー(DCF)法と呼ばれる、最も一般的に利用されている戦略の価値を評価・推定する手法は、状況の変化という要因には関わらず、事前に決定した計画をそのまま遂行するという仮定に立っている。
より適切な戦略評価を行うためには、事業自体が持っている不確実性と、戦略の成功に必要な積極的な意思決定の双方が共に組み込まれていなければならない。
それによって、経営幹部が、受動的にではなく積極的にマネジメントすることの価値を理解することで、より地に足のついた戦略的思考を実践できる。そして、オプションの考え方が、また別の洞察力を与えてくれる。この20年間のコンピュータの進歩によって、オプション・プライシング(価値評価方法)への理解が進んだことで、現在では事業戦略をリアル・オプション(現実世界のオプション)の連鎖として分析することが可能となっている。
その結果、戦略策定といった創造的行為は、オプションの評価・分析によって、近い将来には代替されると考えられる。ファイナンスの発想を用いた明晰な分析は、事後に「数字をチェックする」作業だけに利用されるのではなく、実際の企業戦略策定の際にも貢献することになるだろう。
ファイナンス用語で説明すれば、事業戦略は静態的・固定的なキャッシュフローの連続というよりも、オプションの連続と言い換えたほうがふさわしい。戦略の実施には常に連続した意思決定行為が求められる。すぐに実行に移されるものもあれば、意識的に後に延期されるものもあり、マネジャーは状況の変化・進展に応じて最適なものを採用することになる。戦略は将来の決定を行うための基本的なフレームワークを規定するものであるが、状況の変化から私たちが学習し、またそうした学習に基づいて自由に行動を起こす余地を残すものでもある。
関連するリアル・オプションのポートフォリオとして戦略を考えるために、本稿は「事業価値評価の新手法 リアル・オプション」(94ページ参照)に提示したフレームワークを利用する。この論文においては、伝統的なDCF法から典型的なプロジェクトについてのオプションの価値計算に移行する方法、別の言葉で言えば、数値を得る方法が説明されている。本稿は、これを一つ進めたフレームワークを提示する。オプション・プライシングを使って連続した戦略的投資のポートフォリオを構築する方法と、そのタイミングについての意思決定手法を改善しようというのである。
野菜栽培のたとえトマトをオプションとして考える
戦略的オプションのポートフォリオ管理は、予測が不可能な気候下でトマトの栽培をすることに似ている。8月のある日にトマト畑に足を踏み入れたとしよう。トマトの中には申し分なく熟したものがあるだろう。どんな栽培者であっても、そうしたトマトはすぐに摘み取って食べてしまうのがよいと判断するだろう。その一方で、すでに腐敗しているトマトもあるだろう。それらをわざわざ収穫しようとする栽培者はいないはずだ。このように選択肢が対極にあるケースでは(つまり、いますぐに摘み取るか、摘み取らないか、という選択)、トマトの栽培者にとってその意思決定は容易なものだ。
2つの間にあるのが、さまざまな見通しが考えられるトマトの場合である。いま収穫して食べられなくはないが、しばらく時間をおいて畑で完熟するのを待つほうがよいトマトもあるだろう。経験を積んだ栽培者であれば、リスなどの、いわば競争者にトマトが横取りされてしまうようなおそれがある場合にのみ、トマトの早期収穫を行う。一方で、リスに横取りされる危険があっても、トマトがまだ食べられる状態になっていないのなら、早期に収穫する意味はない。



