なぜ優秀な人材ほど会社を辞めてしまうのか

 マークは大手のウエストコースト銀行に勤めて3年目になる。彼は著名なビジネススクールでMBAを取得し、いわゆる“定量分析マニア”だったが、自他ともに認める優秀な融資担当者であった。だからこそ彼は高い給料をもらっていたし、マネジャーたちはマークの昇進に協力的だった。まさしく社内のスターであり、だれもマークが退社を考えているなどとは思いもしなかった。

 優秀な人材を採用するのは難しい。しかし、引き止めておくのはもっと難しい。有能なプロフェッショナルが鳴り物入りで入社して、2、3年、華々しく活躍したかと思うと、ある日突然辞めてしまう。マネジャーならばこのような苦い経験の一つや二つは持っているものだ。そんなとき、次のようにこじつけて諦めてしまう。

「断り切れないくらい、うまい転職話が舞い込んだのさ」

「いまどき一つの企業に長く勤める人間なんていないよ」

 しかし、過去12年間にわたる我々の調査によると、転職の原因はもっと別のところにある。多くの有能なプロフェッショナルが会社を去っていく真の理由は、従業員の「仕事に対する満足」を、マネジャーが心底理解していないからである。

 とかくマネジャーは、仕事ができる人間ほど仕事に満足している、と思い込みがちである。確かにそうかもしれない。しかし、実際には仕事ができるからといって、仕事に満足しているとは限らない。多くのプロフェッショナル、特にMBAコースを卒業してなだれ込んでくる20~30代の人たちは教育水準も高く、業績志向であり、実際に何をやってもうまくこなす。しかし果たして、ずっといまの仕事を続けていきたいと思っているのだろうか。

「人生の目的」を探ることがキャリア・デザインの第一歩

 もちろん、いまの仕事が彼らの心の奥深くに刻まれた「人生の目的」と一致していれば、何ら問題はない。ここで言う人生の目的とは、オペラやスキーなどの趣味、あるいは中国史や株式市場、海洋学といった学問を探究することではなく、ずっと心の中に温めてきたもっと深長なものである。言い換えれば、心の情熱だ。

 人生の目的は性格に強く影響されるものであり、しかも生まれた環境や育った過程によって異なる。加えて、人生の目的は、その人が何を得意とするかではなく、何をすれば幸せを感じるかを決定づける。仕事から幸福感が得られれば、それは意欲につながり、人々は真剣に仕事に取り組んで、会社を辞めることもなくなる。

 我々の調査では、仕事のうえで人生の目的につながる項目は8つしかなかった(囲み「8つのビジネス・コア機能」を参照)。これらのルーツは子供時代までさかのぼる。ときとして姿かたちを変えることもあるが、一生を通じてほぼ同じである。

 たとえば、ある人の人生の目的が「何かを創造する」ことだったとしよう。まず子供時代には、発明好きや空想好きが高じて物語や台本を書く、といった行動が現れる。10代になると、たとえば高校時代の課外活動で運動部を設立したり、文学雑誌を創刊したり、あるいは機械や装置の発明を趣味にしたりする。さらに大人になると、起業家や設計技師として活躍したり、ときには子供の頃のように物語を作りたくなって映画プロデューサーになったりすることもあるだろう。