創業以来ぶれない戦略と一貫した実行力によって、Eコマースの世界的なリーディングカンパニーとなったアマゾン・ドット・コム。その日本法人で会員制プログラム「Amazonプライム」の責任者として事業を拡大してきた紣川氏に、Amazonがいかにして戦略と実行のギャップを埋めているのかを、PwC Strategy&の岸本氏が聞いた。
アマゾンの独自性を形づくる
14の信条「OLP」
岸本:私たちは『なぜ良い戦略が利益に結びつかないのか』(原題:STRATEGY THAT WORKS)の中で、グローバルに成功している14の企業に共通する5つの行動様式(図参照)を示しました。戦略と実行のギャップを埋める要因となっている行動様式であり、その1つめが「自社の独自性を貫く」です。
今でこそアマゾンの存在感は際立っていますが、創業当時はドットコムブームで、Eコマースの会社がいくつも起業されていました。他の企業とアマゾンは何が違っていたのでしょうか。

紣川 謙 氏
(Ken Kagegawa)
紣川:アマゾンが一番大切にしているのは、創業時に掲げた「地球上で最もお客様を大切にする企業」というミッションです。これを徹底して追求していることが、私たちの最大の独自性だと思います。
これを実践するのは大変で、そのための仕組みがさまざまあります。例えば、アマゾンでは全員がリーダーであるという考えに基づき、日々の活動において守るべき14の信条「Our Leadership Principles(OLP)」を掲げています。1番めが「Customer Obsession」(何より顧客を中心に考えることへのこだわり)で、最後は「Deliver Results」(妥協せず良い結果を出す)です。採用や人事評価もOLPを軸に行われており、結果的にそれがカルチャーとなって、アマゾンの独自性を形づくっているのだと思います。
岸本:5つの行動様式の2つめは、「戦略を日常業務に落とし込む」ですが、アマゾンのミッションはOLPなどを通じて組織に浸透していて、日常業務にまで落とし込まれている。その徹底度合いが他の企業とは違うということですね。
紣川:その通りです。OLPは仕事のやり方、日々の意思決定にも組み込まれているので、社員同士の日常会話でも頻繁に出てきます。
岸本:アマゾンを差別化している重要なケイパビリティの1つは、物流だと思います。早い段階から物流基盤に積極的な投資を続けたことが、他のEコマース企業との大きな違いを生みました。
紣川:確かに物流は当社にとって非常に重要なケイパビリティの1つと言えます。アマゾンでは、「品揃え」「価格」「利便性」という3本の柱が顧客満足度を高めると考え、それを軸に事業戦略を立てています。3本柱の1つである利便性を高めるために、高度な物流基盤は欠かせません。日本でも自前のフルフィルメントセンター(FC)を展開し、革新的なサプライチェーンを構築してきました。
アマゾンでは、新しい製品やサービスを開発する際には、「ワーキングバックワーズ」(Start with the customer and work backwards)というアプローチを取っています。お客様の視点に立って、お客様が求めているものは何かを考える。そして、お客様が求めているものを提供するために必要なスキルやケイパビリティは、どんなに長く時間がかかっても必ず獲得する、ということです。
物流のように創業時より自ら構築してきたケイパビリティもあれば、「プライム・ビデオ」で配信する独自コンテンツの制作のように新たに獲得したケイパビリティもあります。

岸本:5つの行動様式の3つめは、「自社の組織文化を活用する」です。巨大化した組織はばらばらになりやすく、ベクトルを合わせるのが難しいものです。アマゾンが巨大企業になった今でも、戦略と実行の一貫性を保つことができているのは、組織文化の働きが大きいのではありませんか。
紣川:先ほど申し上げたように、アマゾンの組織文化はOLPが基軸となっています。OLPは14項目ありますが、これまでに何度か改訂しています。私たちのミッションを実践していくために、社員にとって必要なリーダーシップは何かをよく議論したうえで、必要な場合は改訂しているのです。
その議論の中心になっているのは、CEOのジェフ・ベゾスと何人かのシニアリーダーです。彼らは何日もかけてOLPについて議論しています。それだけ、組織文化を大切にしているということです。日本語に訳す際にも、正しく伝わるよう一字一句よく吟味しました。