ビジネスをスケールさせるデジタルの「実装力」が不足している──デジタル変革に取り組む日本企業において、最もインパクトのある問題をデロイト トーマツ コンサルティング合同会社の森亮氏はこのように指摘する。すべての企業にとって、「デジタルトランスフォーメーション」が不確かな未来に対する必要条件だという認識が広がりつつある中で、経営者は変革に向けた具体的な一歩をどのように踏み出せばいいのか。後編では、部分最適なデジタル化から脱却し、デジタルによって経営そのものを変革するための具体的なアプローチについて話を聞いた。

社会課題の解決がビジネスをスケールさせる

── 前編では長期的視点に立ったビジネスの変革に取り組む姿勢の重要性と、短期的かつ機動的に開発可能なデジタルの実装力がその変革を加速させることについてご説明いただきました。その中で大きな社会課題と結びついた目標を立て、デジタルというドライバーを効かせれば、小さく始めたことが一気にスケールする可能性が高まっているという提言がありましたが、実際にデジタルを駆使した社会課題解決型のサービスを通じて自社のビジネスそのものを拡大しようという動きは見られますか。

 各地で進められているスマートシティの取り組みはそうした動きの宝庫です。少子高齢化が進むなか、産業の担い手不足や公共サービスの質の低下など、地域は多くの問題を抱えています。さまざまな企業がこうした社会課題の解決に乗り出し、ビジネス化しようとしています。それを可能にしているのが、APIの集積ともいえるデジタルプラットフォームの存在です。これまではバラバラに存在していた情報をつなぎ、情報フローの一元化を実現するようになった情報基盤が、新しいサービス、新しいビジネスを生み出す土壌になっているのです。

 デロイトがポルトガルで提供している都市OS「CitySynergyTM」も、そんなデジタルプラットフォームの一つです。「CitySynergyTM」は、街の情報を隅々までつなぎ合わせることで①都市の経済競争力を拡充し、②持続可能性を実現し、③生活の質(QOL:Quality of Life)を向上させることを目指しています。例えば事故などで道路に穴が開いたとします。通りすがりの住民がそれを見つけて、スマホで写真を撮ってプラットフォームに送る。すると事業者がすぐにやって来て修繕する。そんな対応がスムーズかつ自律的に行われるのです。デジタルプラットフォーム上で、暮らす人、働く人、企業がくまなくつながれば、誰もがそれぞれの立場で街の快適性を維持し、住民のQOL向上に携われるようになります。街全体が、あらゆるステークホルダーの主体的な参画を可能とするエコシステムになるのです。

 必ずしもプラットフォーマーにならなくとも、こうしたエコシステムの一部を機敏に担えるように経営モデルを変革し、常に多様なプレーヤーとつながれるように自社をオープンな状態に保っておくことが、ビジネスをスケールさせるために非常に重要になっているのです。

── そのために企業経営者が果たすべき役割は何でしょう。

 刻々と変わるテクノロジー環境を常にモニタリングし、自社の強みを生かせる方向に適切にかじ取りを行うことだと思います。時代に合った眼力と経営センスが問われています。

 そのためには「とにかくやる」という強い意思を持つことも大切です。日本企業は意思決定におけるリスクテーク志向が低く、むやみに事例を求めようとしますが、未知の領域にチャレンジする以上、そのスピードやインパクトを正確に測ることはできませんし、事例が存在しているとすれば、その時点で後追いになってしまいます。現実に、仕組みの整備を待たずに成功している企業はあるのですから、そこにいかに共感し勇気を持てるか、機会と脅威が同時にあるとき、いかに機会に目を向けて取り組めるか、が大事です。

 私たちコンサルタントは、まさにその意思に火を付け、リスクを共有しながら伴走する役割を担っていると思っています。登山に例えると、影の登頂請負人として役割を全うする「シェルパ」のような存在です。デロイト トーマツが自らの存在を「カタリスト(触媒)」と位置付けているのもそのためです。