dXの「勝ち筋」を描くための数値目標よりも重要なこと

── dXにおける変革の「勝ち筋」を描くためには、経営者はどのような点に留意すべきでしょうか。

 変革を推進する具体的なステップについては、書籍『両極化時代のデジタル経営』に示したのでここでは繰り返しませんが、「勝ち筋」を描くためには、数値目標よりも「顧客や社会のために尽くしたい」という大きな志こそが大事だと思っています。

 そして、経営者が真っ先に狙うべき方向性はデジタルプラットフォームの構築に加えて、それを使いこなす力(アジャイル変革)やデジタルファクトリーでの量産化ではないでしょうか。これまで、「ラボラトリー」と銘打ってイノベーション研究を狙うべき方向性として捉えていた経営者もいらっしゃったかと思います。しかし、「ラボラトリー」という方向性では、研究者にしかできないことであり、再現性もありません。今後は、誰にでも繰り返しできるように再現性を高める仕組み化や標準化・自動化を伴った「ファクトリー」でイノベーションの量産化を目指すべきでしょう。この方向性を目指すことが、Future-proofにつながっていくと考えています。そして、言うまでもないことですが、プラットフォームを構築するのも、維持するのも、それを活用して新たな事業を生み出すのも人です。経営者の組織づくりにおけるミッションは、テクノロジー人材が生き生きと活躍できる仕組みを優先的に構築することです。現場にテクノロジー人材がいないわけではないのですから、彼らを存分に生かし、活躍を後押しするための仕組みが必要です。特に、アーキテクト人材やエンジニアは実装力の源ですから大切にしなくてはいけません。

森 亮
Ryo Mori
デロイト トーマツ コンサルティング合同会社 パートナー

デロイト トーマツ グループ dX推進室リーダー。外資系コンサルティングファームで20年超のキャリアを有し、「戦略×テクノロジー」領域でのコンサルティング経験に加え、クラウドビジネス、アドバンスト・アナリティクス、IoTなどに関する豊富な見識と実績を持つ。近年では主に、企業のデジタルトランスフォーメーション(dX)を支援すべく活動を展開するほか、デジタル化やIoTの最新トレンド研究を踏まえ、戦略策定や変革テーマ導出のプロジェクトを数多く手掛ける。

── 例えばどのような方法があるでしょうか。 

 新しいデジタルビジネスのアイデアを次々と繰り出し、デジタル技術を活用した変革テーマを機動的に試していくような局面で有効な手法として、リソースの「プーリング」があります。既存の組織や枠組みにとらわれず、横断的に投資や人材を活用していく仕組み化を指しています。

 組織ごとに開発ノルマを課すとアイデアを繰り出すこと自体が目的化してしまい「PoC(概念実証)疲れ/PoC倒れ」のような状態に陥りがちですが、末端が自律的に開発に取り組める環境をつくって、そこから成功体験が生まれれば空気は変わります。末端に意思決定権を持たせ、自律的に動くネットワーク型組織のトライアル版ともいえます。プールされる人材側もモチベーションを維持しやすく、とがった人材を集めやすいというメリットもあります。いかにアジャイルな組織をつくるか、というテーマは、イノベーション創出の文脈でよく語られるテーマですが、優秀なエンジニアを確保するための環境づくりという意味でも重要です。

── 組織をより強くするために、どのように優秀な人材を集めれば良いのでしょうか。

 テクノロジー界隈の優秀な人材は、基本的に世の中にインパクトを与えられる面白い仕事を志向しています。近年は日本企業にも、データサイエンティストやCIOに高額報酬を払おうという機運が高まっており、これはとてもいい傾向だと思います。ただし、最後の最後は、報酬や処遇以上に、面白い仕事、やりがいのある仕事ができる環境をいかに与えられるかが大事です。

 繊細な価値提案や、きめ細かい気遣いなど、日本企業の提供するサービスや製品には世界の中でもユニークなものが少なくありません。優秀な人材を集めて組織を強くし、こうした日本の特色や強みを生かした未来志向のdXに、多くの日本企業が今こそ踏み出してくれることを願っています。

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