最適化という日本の強み

松江 両極化が進む時代の中では、私は、相反するものをつないで最適化することが重要だと考えています。最適化する力は、異文化を受け入れて新しいものを作るといった形で日本の社会や企業の伝統的強みだと思います。福岡先生のおっしゃる生命体の在り方に学びながら、本来の強みを生かして国際競争力を発揮できないかと期待しています。

福岡 そのためには、相反する力のバランスを取ることが重要だと思います。生命体における合成と分解は、確かに逆向きの作用ですが、対立しているわけではない。互いに協調できる力なのです。車もアクセルとブレーキがあるからスムーズに運転できる。相反するものの調整こそが最適化の鍵といえます。しかも、最適値というゴールポストは環境変化に応じて動きます。2つのパワーを調整することで局面ごとの最適値を瞬時に作り出し、動的平衡の状態を維持できるかどうかが重要です。

松江 なるほど。最適は動的なものであるということですね。絶えず変化する外部環境を前提として、最適解を動的に生み出し続けるための仕組み作りが重要になるのですね。

福岡 その仕組みがダイナミックであればあるほど組織は強くなると思います。人間には、日照サイクルに合わせたサーカディアンリズム(概日リズム)が備わっています。しかし、窓のない部屋で生活しても、細胞は合成と分解のバランスを上げ下げしながら自らリズムを生み出せます。

 二者択一なら解は1つですが、2つのダイヤルで調整すれば解は無限に得られます。固定されたゴールではなく、最適値も絶えず可変的に動いている。唯一解が存在するわけではないですから、最適となるバランスを瞬時に生み出すパワーこそが強力といえます。

松江 私たちも「変化」と「バランス」をポジティブに捉え直すことが大事ですね。米中の対立のような国際問題も、独自のバランスを保てる位置を絶えず能動的に探ることこそ重要で、受動的に板挟みと言う発想では可能性が広がりません。

福岡 確かに、そこに「両極」があるからといって、どちらかの極に立たなければいけないわけではありません。むしろ2つの極の力をうまく利用した方が最適値を生み出せる可能性が高い。固定された解のない「三体問題」なのです。

松江 確かにそうですね。日本には古来、最適な状況をつくる力があると考えています。二項同体という考え方をはじめ、禅の世界や仏教からつながる、2つの相反するものも全体の中の1つとして考えるような文化的思想の土台が日本にはあるのです。

福岡 日本古来の世界観は二項対立ではなく両者合一ですね。私は京都大学で学んだ縁で、西田幾多郎の哲学を少々かじっています。西田哲学には「絶対矛盾的自己同一」という重要な概念があるのですが、これも、相反する状態が重なり合った世界を指しています。全体は個であり、個は全体ですから、人間の勝手な理屈で簡単に切り分けられるものではありません。『方丈記』の冒頭で見事に叙述されている通り、ゆく川の流れは絶えず、とどまることなく循環している。こうした日本的な世界観は、二元論的な対立構造で世界を捉えるより、ずっと豊かなものの見方ではないでしょうか。

松江 本当にそうだと思います。独自の世界観を有する日本だからこそ、「両極化の時代」を新たな飛躍と繁栄の時代にしていくことができると信じています。

 本日はありがとうございました。

[対談を終えて:松江英夫]

両極化は生命の原理、壊す勇気は細胞にこそ学ぶべき

 「両極化」の本質は我々の生命原理にあった。福岡さんとの対談を通して、「破壊」と「創造」を繰り返す細胞の原理こそが、両極化をもたらす根源であるとの大いなる気づきを得た。

 さらには、両極化を生き抜く解である「最適化」とは、「相反する力を対立させることなく協調させ、バランスを取ること」という見解は、これからの個人、企業組織、日本の在り方に、二元論ではない解決の可能性を示唆する力強いメッセージだ。一方で、両極化する不確実な時代に、日本が本来の良さを活かし生き残るためには、過去から積みあげてきた現状を「自ら変える」ことに寛容になれるかにかかっている。

 生き残るために、自らを壊し続ける──。私たちは生命体として壊すことに何の躊躇もない。その一方で、脳が生み出す意識はどこか頑なに壊すことをためらってしまう。これはいわば「細胞」と「脳(意識)」の両極化。個人も組織もこの両極を乗り越えない限り自らを変えることなどできない。実は、我々が「自己変革」に寛容になるためのヒントは、壊すことを恐れない自らの細胞の生命力を、脳が自覚し謙虚に学ぶことから始まるのかもしれない。