危機がもたらす持続的変化
新型コロナウイルス感染症のパンデミックがもたらす影響の全容を解明するまでには、かなり時間がかかるだろう。しかし、こうした衝撃的な出来事の歴史からわかることが2つある。
第1に、深刻な景気悪化や後退局面であっても、一部の企業は優位に立つことができる。過去4度の不況を潜り抜けてきた大企業のうち14%が、売上成長率とEBIT(支払金利前税引前利益)マージンをともに増加させた。
第2に、危機の際には、はなはだしい一時的変化(主に短期的な需要の変化)だけでなく、持続的な変化も起こる。
たとえば、米国の同時多発テロ事件による航空業界の落ち込みは一時的にすぎなかったが、プライバシーとセキュリティのトレードオフに対する社会的態度の変化は長く続き、より高度な審査や監視が定着した。同じく、2003年に中国で起こったSARS(重症急性呼吸器症候群)のアウトブレイク(突発的発生)は、eコマースへの構造転換を加速させ、アリババ(阿里巴巴集団)をはじめとする巨大デジタル企業が台頭する下地になったとよくいわれる。
本稿では、企業がいかにニューノーマル(新常態)における成長機会を再評価し、その機会をよりよく実現するためにビジネスモデルを再構成し、より効果的に資本を再配分するかについて論じる。
成長機会を再評価する
新型コロナウイルス感染症のパンデミックは世界の消費を激しく混乱させ、人々は古い習慣を捨てて新しい習慣に適応せざるをえなくなった(それを可能にさせたともいえる)。習慣形成に関する研究によると、新たな習慣が形成されるまでの期間は平均で66日、最短では21日であるという。本稿の執筆時点では、多くの国々ですでに、需給の基盤となってきた習慣を大幅に変えるのに十分な期間、ロックダウン(都市封鎖)が続けられてきた。
より強い立場で危機からの脱却を図る企業は、変化する習慣について体系的な理解を深めなくてはならない。多くの企業にとって、誰の目にも明らかになる前に変化を見抜き、評価するための新しいプロセスが必要になる。
最初のステップは、新たな行動傾向によって生じるであろう影響を洗い出し、その結果として成長、もしくは縮小する可能性が最も高い製品やビジネス機会を具体的に突き止めることである(囲み「成長機会を特定する方法」を参照)。
パンデミックによって、人々の在宅時間がどれだけ増えたかを考えてほしい。それに関連して、仕事部屋の改修が増え、塗装用ペンキからプリンターまで幅広い製品の需要を押し上げた。新しい習慣やそこから生じる間接的影響に敏感にならなければ、小さなシグナルを見つけられず、市場形成の機会を見逃してしまう。
次のステップは「短期か、長期か」「危機の前からの傾向か、新たに出現した傾向か」の2軸によるシンプルなマトリックスを用いて、需要のシフトを分類することだ。増進(既存の傾向からの一時的逸脱)、置換(一時的な新しい傾向)、触媒(既存の傾向の加速)、イノベーション(持続的な新しい傾向)の4象限に区分される。
ここで再び、小売店での買い物に深刻な影響を及ぼした「ステイホーム」への行動変化について考えてみよう。問題は、小売店からオンラインへの移行が一時的なものか、それとも商業用不動産など他分野においても永続的な波及効果を伴う構造変化であるかだ。
買い物を触媒の象限に置いてみよう。パンデミックは新しい傾向を生み出したのではなく、既存の傾向を増幅し、加速させたといえる。ロックダウン前から人々はeコマースに移行しつつあった。しかし、この変化は一時的ではなく、構造的なものだ。というのも、移行せざるをえなかった期間と変化の規模は、このチャネルの実績がおおむね好調であることを組み合わせて考えると、多くの分野で元に戻さなくていいと顧客が見ていることを示唆するからである。
となれば、小売業者はニューノーマルに自社の戦略を対応させなくてはならない。実際、ロックダウン前から、多くの小売業者は実店舗の目的を再定義し、多くの場合は買い物を家事の一環ではなく魅力的な社会的体験としてとらえ直すことにより、デジタル課題に対応しつつあった。
このフレームワークを使えば、どの傾向を追いかけ、より積極的に具現化すべきかが明らかになる。企業はすべての可能性を追求することはできない。どれを後押しすべきかという着想を得るためには、需要の変化が一時的か永続的かと自問することだ。
新型コロナウイルス感染症に反応して即座に見られた変化の多くは、感染へのおそれや政府の指示に従ったものなので、一時的である可能性が非常に高い。しかし、その他の変化は大きな利便性や経済性の向上を伴うため、定着する可能性がある。
成長機会の分析は、既知の事柄をただ分類するのではなく、それをはるかに超えなくてはならない。新鮮な目で注意深くデータを見直して、従来の事業ドメインで起こっていることに関する自分の思考に挑戦する必要がある。これには、隠れた変則性や予期せぬ傾向を積極的に探し出す必要がある。
●データを深く掘り下げる
変則性はたいてい、粒度が細かい(売上平均によってわかりづらくなったパターンが明らかになる)、高頻度(出現するパターンが迅速に見極められる)のデータから見つかる。
たとえば、新型コロナウイルス感染症のアウトブレイクによって行動が変わったため、客の出足やクレジットカードの支出に関する豊富なデータが得られた。
ある分析によると、米国では、映画館の観客動員数の最近の落ち込みは、劇場が閉鎖される前から起こっていた。これを観客動員数の減少という既存の傾向と組み合わせれば、この変化は消費者主導であり、おそらく何らかのイノベーションでも起こらない限り、継続する可能性が高いことが示唆される。
対照的に、生中継のスポーツ観戦者は、正式に試合中止になった時にのみ減少しており、従来の行動に戻る可能性がより高いと考えられる。
●複数の視点を持つ
軍隊では、自分が知らないことを見つけるテクニックとして、「敵の目」を使う。軍事指揮官は、敵が何に注意を向けているかを自問し、それに応じて自分の目線を変えて、死角になりそうな部分や別の視点を明らかにする。
同じことが、業界の異端者や競合他社に適用できる。誰が成功しているか。競合他社が注力する市場セグメントは何か。競合はどのような製品やサービスを発売しているか。同じ原則が、顧客にも広げられる。どの顧客層が新しい行動を示しているか。どの顧客がロイヤルティを持ち続けてきたか。危機によって顧客はどのようなニーズを持つようになり、何に注意を向けているか。
さらに、国にも応用できる。西側諸国よりも先にパンデミックが発生し、回復傾向を見せた中国では、どのようなパターンが出現したか。自分自身の組織においては、次の質問をしてみよう。大手企業ではどのような職場のイノベーションが定着しているか。従業員が対応している新しいニーズは何か。どのような機会に発展性があり、より広範に展開する可能性があるか。
自社の機会がどこにあるかを理解して、準備ができたら、次のステップに進められる。そこでは機会をとらえるために、ビジネスモデルをつくり上げていく。
ビジネスモデルを再構成する
新しいビジネスモデルは、自社の業界に関連する需給変化によって形成されるだろう。たとえば製造会社の多くは、パンデミックによってもたらされた、グローバル化への構造的かつおそらく永続的な打撃の影響を大いに受けるだろう。また、米国などの大きな市場では貿易障壁が高まっているため、R&Dからアセンブリ(組み立て)まで、サプライチェーンの重要部分を自国に戻す必要があるだろう。
ニューノーマルで求められているビジネスモデルを把握するには、どのように価値を創出して提供するか、誰とパートナーを組み、誰を顧客にするかという基本的な問いを立てる必要がある。
その一例として、小売販売事業がデジタルへの需要シフトにどう適応すべきかを見ていこう。
●自社の提供価値をオンラインに持っていけるか
多くの小売業者が顧客に提供する価値はこれまで、店舗におけるサービスの品質からもたらされてきた。
中国の化粧品会社であるリンチィンシュアン(林清軒)の場合、アウトブレイク後に店舗売上げが90%落ち込み、多くの場所で閉店を余儀なくされ、営業を続けた場所でも来店客が急減した。同社はそれに対応して、店舗での体験に代わる、顧客とのデジタルエンゲージメント戦略を策定した。店舗の美容アドバイザーをオンラインインフルエンサーに転換させたのだ。
この動きが成功したため、デジタルチャネルにさらに投資が行われた。そうした動きや同様の変更により、同社のオンライン売上げは拡大し、特に大打撃を受けた武漢における危機の間の店舗売上げの落ち込みを補って余りある状況になっている。
●どのプラットフォームと連携すべきか
パンデミックをきっかけにデジタルショッピングに移行したことで、顧客や企業がより依存するようになったのが、大きなデジタルプラットフォームだ。
たとえば、西側諸国ではグーグル、アマゾン・ドットコム、アップル、アジアではアリババやテンセント(騰訊)、さらに新規参入組では中国のメイトゥアン・ディエンピン(美団点評)、ロシアのヤンデックス、シンガポールのグラブといった積極果敢な競合グループが含まれる。企業の競争力は、参加するプラットフォームに左右される傾向が強まるだろう。
小売業者が必死に独自のポジションを築き上げようとする時、こうしたプラットフォームと協働することで、イノベーションを起こして自社の価値提案をつくり出すことを学ばなくてはならない。たとえば、リンチィンシュアンが店舗の販売員をオンラインインフルエンサーへと転換させたのは、アリババとの緊密な協力関係があってのことだった。
パートナーを組むプラットフォームの選択は、自社がオンラインで価値を提供するのに必要な、戦略的デジタルケイパビリティやリソースの開発を支援する能力によって決定されるはずだ。
●ニッチ市場の対象顧客を拡大できるか
デジタル化によって、ニッチ事業がおそらく国境を越えたり、現在はサービス対象にはなっていない隣接地域へ市場を拡大させたりする余地が生じる。
中国のユニコーン企業の一つ、ビップキッド(VIPKid)を例に取ろう。同社は英語圏諸国の教員と英語を学びたい中国の子どもをつなぐサービスを手掛けている。教室での授業からオンライン教育へと切り替えることで、中国人の生徒との関係、そして米国、カナダ、英国の教員との関係を拡大し、深める機会を見出してきた。
他の業界のニッチ企業は、危機の間に存在感をさらに増した巨大テック企業に対して、注意深く慎重な姿勢を取っているので、すでに強力なデジタルサービス事業者がいるセグメント内のオンラインサービスに可能性を見出すかもしれない。
たとえば、流通プラットフォームのブックショップ(Bookshop.org)は、アマゾンに食い物にされたり、無視されたりしていないかと懸念する独立系書店を結び付けている。
マイ・ローカル・トークン(My Local Token)も、巨大テック企業の代替手段を求める声をうまく拾って、暗号通貨を提供することにより、地域の販売業者が取引手数料を引き下げ、顧客ロイヤルティを構築し、小規模企業を活性化できるようにしている。
このようなベンチャー企業は、提供価値の根本にネットワークを最大化させようという巨大テック企業の風潮への対抗があるため、「オルトテック」(Alt-Tech)と呼ぶことができる。
大多数の企業が需要シフトに対応する場合、少なくとも何らかのデジタル・トランスフォーメーション(DX)が含まれており、おそらく相当なレベルに達するだろう。
マイクロソフトのCEOであるサティア・ナデラは(2020年)4月末に、顧客企業の間で「2カ月間で2年分に相当するDXを目の当たりに」しており、こうした投資の影響は、危機が去った後も長く続くだろうと述べている。
企業で働く人々は全体的に、リモートワークやビデオ会議を用いたコラボレーションに慣れてきた。そうした習慣やパターンの多くは定着するだろう。
このような要因を勘案すると、フォーチュン500のCEOを対象とした調査で、回答者の63%が財務面の圧力にもかかわらず、新型コロナウイルス感染症の危機により、自社の技術投資が加速するだろうと述べた理由がわかる。投資を控えると答えたのは、わずか6%だった。
しかし差別化を図るには、全体的にデジタルテクノロジーの利用を増やすことよりも、新しい機会に対応するための具体的なビジネスモデルのイノベーションに、こうしたIT投資を集中させるべきである。
資本を再配分する
危機の間、キャッシュフローが圧迫されて、心理的には難しいかもしれないが、いまがまさに、熟慮のうえで少数のリスクを取るべき時だ。調査によると、最も成功している企業は、同業他社よりも新しい機会への投資が多いだけでなく、その対象をさらに厳選して絞り込み、より高い成長性とリターンが見込めるセグメントに純支出額の90%以上をつぎ込んでいる。こうした企業は、危機が新たな競争上のポジションを切り開く機会になることを心得ているのだ。
残念ながら、多くの企業ではいまだに、事業全体に新しい資金を「まんべんなく割り振る」従来の習慣が標準になっており、必要に応じて対象を絞るのではなく、水平展開をしている。大手企業を対象としたボストン コンサルティング グループの調査によると、2020年5月時点で、新しい成長ドライバーを対象とするために投資や資本配分計画を変更した企業はわずか39%であり、さらにその少数派のうち、新しいビジネスモデルに投資していたのは半分にすぎなかった。
この罠を回避するには、資本投資プロジェクトを2つの次元で評価しなければならない。需要シフトの影響を考慮に入れた後の将来の推定価値と、往々にして制約のある営業キャッシュフローに照らして今日を生き延びるために必要な金額だ。
これはビジネスユニットレベルで実施できるが、理想的には、さらに深く掘り下げて具体的なオペレーションやプロジェクトを調べたほうがよい。この作業が終われば、資本投資を抜本的に再配分する必要性に気づく可能性が非常に高い。
現在の環境では、リスクを積極的に受け入れる大企業が最も恩恵を受ける可能性がある。金融市場や金融機関はいまのところ、小規模企業やスタートアップに資金を提供しようという心づもりがないか、もしくは、そうできずにいる。これはすなわち、キャッシュフローが比較的潤沢で、結果として資本を入手しやすい既存の大企業が、需要の変化によって生じた機会を活かすうえで有利な立場にあるということだ。
しかし、大企業はそうしたリスクを負う準備をしておく必要がある。キャッシュを貯め込んで、特定のセクターや地域に何が起こるのだろうかと気に病むのではなく、CEOはもっと積極的でダイナミックな資本投資に踏み切るべきだ。
不確実性の高まりは、明日最も成功するビジネスを、組織が正確に予測できないことを意味する。だからこそ、実験的なアプローチを取り、ポートフォリオを多様化させて、幅広い方策を打てるようにする必要があるのだ。変化のペースが速いことは、ポートフォリオを頻繁に更新し、必要に応じて資金を再配分しながら、時間をかけて確実にそのバランスを取り、自社の長期戦略の優先事項にフィットさせなくてはならないことを示している。
アメリカン・エキスプレス(アメックス)はこれに関して基準を設定した。2008年の世界金融危機の際に、アメックスは債務不履行の増加、個人消費の減少、資金調達の制限により深刻な脅威にさらされた。
そこで組織を合理化して、現金流出を減らすために再編プログラムを立ち上げ、より多くの資金を調達しようと預金獲得事業に参入した。こうした動きは資金を有効活用したり、キャッシュを創出したりした後で、それを新しいパートナーシップとテクノロジーへの長期投資に充てるものであり、アメックスをクレジットカード事業者だけでなく、プラットフォーム型サービス会社としてとらえ直すものだった。
当時のCEO、ケネス・シェノルトは「営業費用を削減してもなお、重要な成長案件に資金投入を続けてきた」と語っている。その結果、危機後にアメックスの時価総額は10倍以上に増加した。
* * *
危機の時代、古い習慣を標準にするのは簡単だが、多くの場合、新しいアプローチが最も重要な時期といえる。ニューノーマルに向けて優位なポジションを取ろうとしているのだから、従来の情報源、ビジネスモデル、資本配分の慣行に縛られている場合ではない。
危機を乗り切るだけでなく、危機後の世界で成功するためにも、隠れた変則性を見つけ出し、リスクを避けようとするメンタルモデルに挑戦し、ビジネスモデルを刷新し、ダイナミックに投資しなければならない。
【注】 D2CとはDirect to Consumerの略で、みずから企画、生産した商品を広告代理店や小売店を挟まず、消費者とダイレクトに取引する販売方法。
渡部典子/訳
(HBR 2020年9-10月号より、DHBR 2021年2月号より)
Adapt Your Business to the New Reality
(C)2020 Harvard Business School Publishing Corporation.
ILLUSTRATION: Tim Boelaars
マイケル G. ジャコバイズ(Michael G. Jacobides)
ロンドン・ビジネススクールのサー・ドナルド・ゴードン記念講座教授。アントレプレナーシップ、イノベーション、戦略を担当している。執筆論文に"In the Ecosystem Economy, What's your Strategy," HBR, September-October 2019.(邦訳「エコシステム経済の経営戦略」DHBR2020年2月号)がある。
マーティン・リーブス(Martin Reeves)
ボストン コンサルティング グループ ヘンダーソン研究所の所長。サンフランシスコを拠点とする。2021年に共著書The Imagination Machine, Harvard Business Review Press. の刊行が予定されている。


