日本のデジタルトランスフォーメーション(DX)の取り組みが遅れている要因の1つは、DXの捉え方が社内で統一されていないことにある。デジタル変革の本質と2つのモード(DIとDX)の違いを理解したうえで、事業ポートフォリオ戦略に照らし、2つのモードのどちらに比重を置くのかを事業ごとに決めていくべきだ。デジタル変革のポートフォリオマネジメントを実行することが、停滞する企業変革を加速させることにつながる。

ベイカレント・コンサルティング
執行役員 デジタル・イノベーション・ラボ室長
則武譲二(右)JOJI NORITAKE
ボストン コンサルティング グループなどを経て、現職。全社・事業戦略の策定、デジタルトランスフォーメーションなどのテーマに従事。デジタルに関わるプロジェクト、ソリューション開発、人材育成などの全体を統括
チーフデータサイエンティスト
小峰弘雅HIROMASA KOMINE
製造、通信、メディア、エンターテインメント、金融、公共業界において、アナリティクスを活用した新規事業の立ち上げなどのテーマに従事。ベイカレントのデータ活用人材開発なども担当

デジタル変革の2つのモード
DIとDX

「経営層を含む社員間でDXに対する捉え方がバラバラであることが、多くの企業においてデジタル変革を阻害する大きな要因になっています」。ベイカレント・コンサルティング(以下ベイカレント)の則武譲二氏はこう指摘する。

 極端なケースでは、単にデジタル技術やツールを活用することをDXと呼んでいることがある。何をどこまで変革することをDXと呼ぶのか、コンセンサスがとれていないのである。

「コロナ禍でDXが進展したと言う人もいますが、決してそうではありません」と話すのは、同じくベイカレントの小峰弘雅氏だ。「たとえば、Zoomなどのウェブ会議システムを活用した働き方のデジタル化は進みましたが、それが利益に直結しているかは十分に検証されていません。デジタル化とトランスフォーメーション(変革)をはき違えている人が多い印象を受けます」(小峰氏)

 トップからミドル、現場までDXの捉え方が統一されていなければ、全社一丸となったDXの推進が難しいことは言うまでもない。では共通認識を持つには、どうすればいいのか。

「シンプルに言ってしまえば、デジタル変革とは『デジタル技術を活用したビジネスモデルの進化』のことです。ただし、その進化を2つのモードに分けて捉えないと混乱を招きやすい」と則武氏は話す。

 2つのモードは、ビジネスモデルの転換を伴っているかどうかで枝分かれする。ベイカレントでは、デジタルによってビジネスモデル要素の「高度化」を実現することをDI(デジタルインテグレーション)と定義する。DIでは戦う市場やビジネスモデルを変えることはしない。一方、デジタルによるビジネスモデル要素の「転換」を図るのがDXである。DXでは戦う市場やビジネスモデルを大きく変える。

 なお、ここで言うビジネスモデルとは、「顧客価値」「主要プロセス」「経営資源」「利益方程式」の4つの要素で構成される価値提供と収益獲得の仕組みを指す。

 この4つの要素を高度化していくのがDI、転換するのがDXであり、2つのモードの違いを理解することが、共通認識を持つ第一歩となる。

高度化か、転換か
DIとDXの具体例

 デジタル変革の2つのモード、DIとDXについて、具体例をもとに解説しよう。DIについては、ファーストリテイリングとサイバーエージェントが好例である。

 ファーストリテイリングは、サプライチェーンの末端で起きている変化の兆しをいち早く捉え“逆伝播”させるSPA(製造小売業)ビジネスを展開している。デジタル技術を使って、サプライチェーン上のすべての情報を可視化したり、物流倉庫の全自動化を進めたりすることで、逆伝播の仕組みを研ぎ澄まし、主要プロセスを高度化しているのである。

 サイバーエージェントは、インターネット広告事業において、新しいクリエイティブ(動画やコピーなどの広告制作物)制作のプロセスを人工知能(AI)で高度化し、広告効果を増幅させている。具体的には、新しいクリエイティブの効果をAIで予測し、最も効果が出ている既存のクリエイティブを上回ったものだけを広告主に納品する。AIを使う場合と使わない場合では、期待する広告効果を上げる割合に2.6倍もの開きがあるという。検索連動型広告でも同様に、AIを使って広告テキストを自動生成する仕組みを開発した。

 一方、DXについては、ダイキン工業の空調事業の事例がわかりやすいだろう。従来は、モノ売り型の空調機器ビジネスを展開していたが、サブスクリプション型の「AaaS」(Air as a Service)へとビジネスモデルを転換。ビル・商業施設の空調設備を施設のオーナーに代わってダイキンが設置・保有し、建物の規模や空調の使用実態をIoT技術で運営管理することにより、快適な空調空間を月額固定料金で提供している。

 同社のケースでは、ビジネスモデルを構成する4要素のうち、顧客価値(モノ売りからコト売りへ)と利益方程式(製品の売り切りからサブスクリプション型へ)の2つを大きく転換していることがわかる。