技術導入だけでなく「チェンジマネジメント」を
──守破離とは、武道や伝統芸能における修業の段階を示す言葉ですね。
本村 「守」は師匠をまねることで型や技を身に着ける段階。「破」は学んだ型を活用・改良し、破る段階。そして、「離」は型から離れて、みずから新しいものを生み出す段階です。
DXにおける「守」とは、AIなどのデジタル技術によって既存の業務プロセスを効率化したり、自動化したりする段階のことです。人の業務をAIに代替させることで標準化、高速化、データ蓄積の効果などが得られ、業務効率の改善や生産性向上に結び付きます。しかし、あくまでも人という”師匠”の動きや判断をAIがまねるだけなので、業務プロセスそのものは変わりません。
学んだ業務プロセスをAIに改善させるのが、次の「破」の段階です。導入したAIが時間をかけてビッグデータを集積すると、それを学習して計算モデルを変更し、従来の機能や業務プロセスを、より効果の高いものに改善できるようになります。
しかも、AIが賢くなるだけでなく、その効果がデータとして可視化されれば、人や組織が「改善しよう」とする意識も高まる可能性があります。このようにAI活用には、AIと人が共に学習しながら進化するという効果が期待できるのです。
最後の「離」の段階では、「破」によって改善された機能や業務プロセスを俯瞰的な立場で見直し、本来あるべき姿に再モデル化します。既存の機能や業務プロセスを手離し、まったく新しいものに置き換えることで真のトランスフォーメーションが実現できるようになります。
これを実践するためには、マネジメント層と現場の意識変容や意思決定が欠かせません。つまり「チェンジマネジメント」を伴うわけです。その意味でも、DXやAI活用はたんなるテクノロジーの導入ではなく、人や組織を変える抜本的な変革だといえます。
──見方を変えると、DXが思うように進まないのは、データ収集や技術の導入の段階にとどまってしまうことに問題があるのでしょうか。
本村 おっしゃるように、守破離の考えに照らし合わせれば、「守」で足踏みしてしまうことが大きなネックだといえそうです。これが、AIの社会実装を妨げる要因の1つとなっているのかもしれません。
確率的潜在意味構造モデルで人々の行動を予測する
──AITeCでは、AIの社会実装に向けて、どのような研究や実証実験を行っているのでしょうか。
本村 現在、200社近い法人会員が登録しており、ものづくりや健康・医療、教育、観光など、テーマごとのワーキンググループを形成しています。会員の業種はさまざまで、それぞれの課題や強みを共有しながら研究活動や実証実験を行っています。
テーマは多岐にわたりますが、研究や実験に用いる計算モデルには共通するものも多く、1つのワーキンググループが生み出したモデルを、ほかのワーキンググループが課題解決に応用するといった横のつながりもあります。
基本的な計算モデルの1つとして用いられているのが、産総研が開発した「ベイジアンネット」を応用した確率的潜在意味構造モデルです。このモデルは、収集した「実社会ビッグデータ」から人々の行動を分析し、どんな人が、どれくらいの確率で同じ行動を取るのかをAIに予測させるためのものです。
たとえば、買い物であれば「商品を買いたいと思うか」という確率(目的変数)と、「どんな条件なら買いたいと思うか」という確率(説明変数)を掛け合わせることによって、パーソナライズされた購買確率を予測します。
Eコマースサイトや自動販売機などの購買予測に用いると効果的ですが、この計算モデルは、ほかのサービスの予測にも応用できます。
教育分野のeラーニングでは、確率的潜在意味構造モデルを使ってテストのビッグデータから、どの学生が、どんな設問に引っ掛かりやすいのかという傾向が明らかになりました。同様の間違いをしやすい学生をグループ分けして、それぞれに適した学習指導が行えるサービスに発展しました。