ESGウォッシングも金融監督当局がカバーすべき領域に
――取り巻く環境や、プレーヤーの変化とともに、あるべき金融機能の役割そのものも変わりつつあるのでしょうか。
佐々木 金融の根本的なパーパス(存在意義)とは、企業の成長や、個人の富の増大、より広く言えば社会課題の解決に貢献することであり、それ自体が変わることはありません。
しかし、松江さんがおっしゃるように、デジタル技術の急速な普及とともに新しいプレーヤーがどんどん金融に参入しており、それによってパーパスを果たすための機能やサービスも多様化しています。
これは監督する金融当局側にとって、大きなチャレンジだと思います。決済機能を持ったeコマースなど、一部の金融サービスだけを提供する事業法人をどのように規制するのか。個人情報保護、各国・地域の法制、経済安全保障などのさまざまな観点を踏まえ、これまでにない枠組みやルールづくりが求められています。

デロイト トーマツ グループ 上級顧問
大蔵省(現財務省)入省後、OECD(経済協力開発機構)、IMF(国際通貨基金)職員、金融庁・証券取引等監視委員会事務局長、公認会計士・監査審査会事務局長、総合政策局長を歴任するなど、国内外の金融行政全般に幅広い経験を有する。著書に『グローバル金融規制と新たなリスクへの対応』(金融財政事情研究会、2021年)。
松江 事業法人側も、新たに金融に参入することで、これまで向き合う必要のなかった金融規制をどう意識すればいいのかということに悩んでいます。
これからは事業法人も金融機能の一部を担い、金融取引と自社のデータの双方を結びつけた新しいビジネスが展開されるようになります。ネット企業では、金融機能を持つことで自社の“経済圏”を広げ、デジタルを活用したビジネスの中核的なプレーヤーとなる例もあります。このように事業領域が拡大すると、金融当局による規制をどのように意識すべきかを考えざるを得なくなります。これも事業法人にとって難しい問題です。
佐々木 さらに言えば、デジタル化が進むと、おのずと事業法人の金融サービスはグローバル化します。これに対し、世界の金融当局がいかに連携しながら規制を講じていくのかということも新たな課題です。
――影響が広がるわけですね。リーマンショックでは、特に金融機関同士のインターコネクティビティ(相互接続性)が焦点となり、金融機関向けの規制・監督の強化と金融機関の対応が進みました。金融プレーヤーの多様化が進むことによって、問題はさらに複雑化するのでしょうか。
佐々木 おっしゃるようにリーマンショックでは、金融機関同士のインターコネクティビティが危機を世界中に波及させたわけですが、これに事業法人の接続が加わると、問題はさらに複雑になりかねません。たとえば、eコマースやプラットフォーマーのシステムがサイバー攻撃を受けると、サプライチェーン全体、ひいては世界の金融システムが過去に類を見ない甚大な影響を受けるということも十分にありえます。
――今後の金融監督当局の姿勢はどうあるべきだとお考えでしょうか。従来の監督手法が通用しなくなる可能性があると思われますが。
佐々木 現在は基本的にどの国の金融監督当局も、金融サービスを提供する業者だけを規制しています。つまり今後の重要課題の一つは、非金融プレーヤーを「誰」が監督するのかという点になるわけです。
一部には、非金融のビジネスに対し、金融監督当局としてそこまで権限を及ぼすのかという議論がありますが、本来は現状に即した領域まで広くカバーすべきだと考えます。
――ESG投資やサステナブル投資については、どのような監督のあり方が望ましいと考えますか。
佐々木 サステナブル投資については、現状は規制の議論以前に、推進そのものに注力するといったポリシーの段階であり、さらなる規制・監督の具体的な議論はこれからだと言えます。
しかし、すでに一部ではグリーンウォッシング、ESGウォッシングなどの問題が発生しており、金融監督当局のカバーすべき領域です。
つまり、金融監督当局もミッションを変化させる必要に迫られており、過去の不良債権処理に象徴される検査・処分など従来型のミッションとサステナブル投資のような金融機能の育成という新規ミッションとの「両利きの金融行政」が求められているのです。
松江 先ほど佐々木さんから金融機関のパーパスに関する説明がありましたが、そのパーパスを再定義することが、監督のあり方や金融機能の役割を再定義するためのカギとなるのではないでしょうか。
金融機関を監督するだけでなく、金融機能を有する組織がより広く、各インダストリー、社会全体や日本全体の持続可能な発展に資する、いわば“日本のパーパス”の設定をすることで、各者が役割を果たす道筋が拓けてくると思います。そして、そこにおけるパーパスには、一過性に陥らない“サステナビリティ”が通底していると認識しています。
佐々木 まったく同感です。規制面でも、日本がさらにリーダーシップを持つことが重要だと考えます。たとえば、環境問題では欧州当局が世界をリードしていますが、日本はフォロワーの立ち位置に居続けるのではなく、リーダーシップを発揮すべきです。
松江 一方で企業経営者には、資本効率、グリーンに対する注目度合いなど、投資家の尺度も勘案し、中長期的な視点で資本市場の評価を得るための努力も求められます。長い目で見れば、中長期的な「社会価値」を追求し続けることで、資本調達コストを抑制できるというメリットもあります。
佐々木 サステナビリティやESGにおいても、それぞれの当局や機関からさまざまな基準が出つつあり、開示項目も多様であるため、各プレーヤーは何をすべきかよいのか悩んでいます。
金融の目的を再考するのと同時に、「企業、社会、経済のために何をすべきか」という観点を持つ必要があるでしょう。金融のパーパス設定については、金融サービスの提供者、事業法人、金融監督当局の共同作業となるはずです。