一方、コーディネーションとは、リスク対応のための調整活動、態勢づくりです。複数の部門にまたがるリスクや全社的な影響を及ぼすリスクに対しては、コーディネーションが欠かせません。昨今では、全社的な重要リスクを一元管理するために、リスクマネジメント委員会を設置する企業が標準となっています。

 ただ、いかなる組織体制を構築しようと、現場からトップに至るまで、全社的に「リスク感性」を高めておかないと、いざという時に機能しません。

──リスク感性とは何でしょうか。

 リスク感性とはリスクに気づく力であり、リスクにどう対処するかを決断する際の土台です。これがいざという時に即断即決するための直感力やリーダーシップ、コミュニケーション力などに大きく影響します。

 リスクにはいろいろありますが、たとえば、コンプライアンス違反や不祥事などは「予防すべきリスク」であり、予防しえないパンデミックや自然災害などの「外襲的なリスク」については、それに備え、守るべきといえます。逆に、成長のための投資や海外進出など取るべき「戦略リスク」もあります。リスクを取るべきタイミングで決断しないと、成長機会を逃したり、自社の競争力を低下させたりして、経営リスクを増大させることになります。

 「防ぐ」「守る」「取る」という、いずれの場面でも、リーダーの選択や決断が決定的な意味を持ちますから、経営者は常に現場と協力してリスク感性を研ぎ澄ましておくことが大事です。

社会的リスクへの対応に長期視点で取り組む

──リスクが顕在化し、クライシスが発生した場合の対応として重要なポイントは何でしょうか。

 まずは経営者が陣頭に立ち、現場の情報を正しく吸い上げて把握し、現場と協議して最善の対策方針や明確なメッセージを出すことです。そして、組織全体で、部門横断的に危機を乗り越えるための知恵を出し合い、対応し、山場を越えることです。

 クライシスに際しては、下は上に対して都合の悪い情報を含めて現場の状況を正しく、素早く報告し、上は不都合な事実を否認することなく、現実を受容したうえで、積極的に決断し、コミュニケーションを行うことが重要です。そのため、日頃から風通しのよい組織をつくっておくことが、クライシス対応の面からも大切だといえます。

──コロナ禍とウクライナ危機が重なり、我々はリスクマネジメント、クライシスマネジメントの重要性をあらためて痛感しました。ポストコロナに向けて、経営者へのアドバイスはありますか。

 コロナ危機はまだ続いており、大きな損害を受けた企業もあれば、収益を伸ばした企業もありますが、ポストコロナに向けて、そして新たなロシア問題に対応して、「防ぐ」「守る」「取る」という3つの視点からリスクを分析・評価して、ビジネスポートフォリオを再構築するといった決断や選択を行うことが必要でしょう。リスクやクライシスは運命だと受動的にとらえていては、企業の存続や成長は難しいと思います。

 ESGによって企業が評価される今日において、リスクマネジメントで特に重要なのは、短期的利益だけではなく、長期的な視点で守るべきものは何かを判断することです。

 たとえば、まずは従業員の心身の健康と安全です。そして、サプライチェーンの維持、気候変動や格差の拡大といった社会的リスクへの対応に長期的な視点で取り組む。あるいは、リモートワークなど新しい現実に応じた働き方に柔軟に対応していくことも、リスクマネジメントの一つです。

 コロナ禍に続いて、ロシア問題に直面した環境において、リスクについて防ぎ、守り、取ることを、常に心の片隅で考え続けてほしいと思います。