現在のAIの進展は、2012年に始まったディープラーニングのブレークスルーによるところが大きく、それによってさまざまな分野での活用が進み、新しいビジネスが起こったりしています。ただ、ディープラーニングは単機能のAIをひたすら磨き上げ、情報処理の精度を高めていくものです。

 一方で、実際の社会やビジネスで大きな課題となっているのは、さまざまなリソースのアロケーションの最適化であり、それを解決するには、精度を上げていくというアプローチだけでは限界があります。ディープラーニングが成果を上げてきたからこそ明らかになった限界であり、それによってデジタルツインのようなデジタル空間におけるリアルの追求や、階層的なAI構造による分散協調システムの重要性が浮き彫りになったともいえます。

三宅 おっしゃる通りです。AIには「フレーム問題」があって、簡単に言うとそれは問題設定です。将棋や囲碁、翻訳などフレームを細かく切れば切るほど、AIは人間よりも賢くなります。

 しかし、ディープラーニングだけでは全体の仕組み、つまりアーキテクチャーにはなれません。エンド・トゥ・エンドですべてをディープラーニングでやろうとすると、たいていうまくいきません。むしろ、アーキテクチャーのような大きな仕組みは人間がつくったほうがいいと思います。ある程度、問題設定を追い込んだ中でディープラーニングを使ったほうがはるかに効率がいいですし、見通しがいいです。

階層構造のAIは、都市機能や経営をどう変えるか

 三宅さんは東京大学生産技術研究所リサーチフェローとして、空間情報を使ったAI研究も進めているそうですが、建築や都市開発の分野でもゲームAIに対する関心が高まっているのですか。

三宅 スマートシティの開発には大きく2つのアプローチがあって、一つはビッグデータ解析の延長としてのスマートシティ開発、もう一つはロボティクスの延長として都市にAIを組み込んだスマートシティの開発です。

 前者では、都市の膨大な情報を集めてデジタル空間で都市を可視化しようとします。しかし、都市をデジタルで可視化しても、実際のモノや都市機能を制御できないとスマートシティは成り立ちません。そこはむしろロボティクスAIが得意で、ドローンやロボットの研究者がやろうとします。大事なのは、両者を融合させて全体を俯瞰する仕組み、アーキテクチャーをつくることです。

 AIアーキテクチャーの常套手段は、階層構造にすることです。たとえば、新宿、渋谷といったエリアごとにAIがあって、エリア内のビルごとにもAIがある。そのような階層的な構造にすることで、それぞれのフレームをなるべくコンパクトにするのです。

三宅陽一郎スクウェア・エニックス
AI部 ジェネラル・マネージャー
リードAIリサーチャー

京都大学で数学を専攻、大阪大学(物理学修士)、東京大学工学系研究科博士課程を経て、2004年よりデジタルゲームにおける人工知能の開発・研究に従事。博士(工学)。2011年にスクウェア・エニックス入社。立教大学大学院人工知能科学研究科特任教授、九州大学マス・フォア・インダストリ研究所客員教授、東京大学客員研究員・リサーチフェロー。人工知能学会理事・シニア編集委員、日本デジタルゲーム学会理事などを務める。

 加えて、ボトムアップとトップダウンを組み合わせるゲームAIのアーキテクチャーも、スマートシティに適用できると考えています。エリアを俯瞰するメタAIは数km四方を大局的に認識して、各地点にいるエージェントAIは自分の周囲数十mを観測する。このように、上から、下から、双方向に情報を収集し、意思決定し、行動する仕組みです。

 意思決定の時間軸も異なります。下のレイヤーのAIは、障害物を避けたりするために60分の1秒単位で意思決定する必要がありますが、上のレイヤーのAIは1分に1回くらいでいいかもしれません。虫の目で瞬時に意思決定するAIと鳥の目で全体最適を図るAIの組み合わせで、安心・安全で快適な都市機能をカバーするわけです。

 そうしたアーキテクチャーでスマートシティ開発を行うことによって、現実の社会や組織、集団行動について、より深い理解やインサイトが得られるのではないかと思います。たとえば、エージェント同士がどういうふうに情報連携し合うのかをデザインすることは、社会や都市における人間の行動を考えるうえでも重要です。

 デロイト トーマツ グループでは「リアル・タイム・ストラテジー」というオファリングを提供し始めています。いろいろなデータを集めてAIを使って分析し、どういう施策を取るべきかを示唆するだけでなく、経営者の意思決定の結果がどうなるかをリアルタイムにダッシュボードで見ることができます。つまり、人とAIの協調によって刻々と変わりゆく「いま」を見て、リアルタイムなデータドリブン経営をサポートするものです。

 スマートシティだけでなく、企業経営にもさまざまな階層にAIが入っていくと、企業におけるメタAI、ストラテジーAIといった活用法も見えてきそうです。

三宅 たしかに、メタAIは広範な世界を俯瞰的に見ているという意味では、経営者の立場に似ています。重要なのはどこまでの情報が取れるAIにするかです。ありとあらゆる情報をリアルタイムで取っていたら、ものすごい情報量になってしまうので、ある程度フレームを切るしかありません。現実の企業経営においても、経営者は従業員一人ひとりから話を聞くわけにはいきませんから、課長、部長と各レイヤーを経て上がってきた情報をもとに意思決定することになります。

 ただ、下から上がってきた情報は、階層構造の中で伝言ゲームになって、抽象化ミスや解釈の齟齬が生じます。AIは現実の組織階層や構造と異なるルートでデータを抽出できますから、たとえばプロジェクト単位のデータを収集・分析したり、社内のすべての会議をモニタリングしてキーワードを拾い上げたりすることで、経営者が現場で起こっていることをより正確にリアルタイムで把握できるようになります。