日本でも急速に普及が進むSaaSプラットフォーム。ただ、生産性を向上させるオフィススイートやグループウェアなどを活用する動きは広がっているものの、売上げアップやCX(顧客体験価値)の強化につながる“攻めのSaaS”を導入する動きはまだまだ鈍いのが実情だ。日本企業のSaaSプラットフォーム活用の現状と課題について、早稲田大学ビジネススクール教授で、同大学IT戦略研究所所長の根来龍之氏に聞いた。

日本では生産性向上のために導入する傾向が強い

 一口にSaaS(ソフトウェア・アズ・ア・サービス)プラットフォームと言っても、その種類はさまざまだ。

「身近なところでは、個人用のフリーメールサービスや、ドキュメント管理アプリなどもSaaSに含まれます。ただし、これらのB2Cサービスはほんの一握りであり、SaaSプラットフォームの主流といえるのは、やはり法人向けのB2Bサービスです」と、早稲田大学ビジネススクール教授の根来龍之氏は説明する。

 では、B2BのSaaSプラットフォームには、どのような種類があるのだろうか。

 根来氏によると、「最も普及しているのはオフィススイートやグループウェアといった、いわゆる“生産性向上ツール”です。クラウド型のCRM(顧客関係管理)、SFA(営業支援)なども、このカテゴリーの延長で普及してきました」とのこと。これらの“生産性向上ツール”は、業界を問わず利用できる汎用性の高いSaaSプラットフォームとして普及してきたが、最近は、個別の業界に特化したサービスもリリースされるようになってきた。

早稲田大学ビジネススクール 教授
早稲田大学IT戦略研究所 所長

根来龍之
Tatsuyuki Negoro
1952年三重県生まれ。京都大学卒業(哲学科)。慶應義塾大学大学院経営管理研究科(MBA)修了。鉄鋼メーカー、文教大学などを経て現職。大学院大学至善館学術顧問、CRM協議会顧問、経営情報学会会長、国際CIO学会副会長、英ハル大学客員研究員、米カリフォルニア大学バークリー校客員研究員などを歴任。『集中講義デジタル戦略』『プラットフォームの教科書』『ビジネス思考実験』(以上、日経BP)など著書多数。専門はビジネスモデル論、情報システム論、戦略経営論の統合分野。

「建築業界向けや医療・介護分野向けなど、一般的な“生産性向上ツール”では処理が困難な業務を行っている業界向けのサービスが数多くリリースされています。SaaSプラットフォームの普及とともに、その種類もかなり多様化が進んできたといえるでしょう」(根来氏)

 日本企業によるSaaSプラットフォームの導入はどのような傾向があるのか。根来氏は「“生産性向上ツール”は積極的に取り入れるが、売上げアップやCXの強化などにつながる“攻めのSaaS”については、導入をためらう企業が少なくない」と指摘する。

 ここで言う“攻めのSaaS”とは、たとえば、自社ECサイトやオンラインモールへの訪問者の中から、見込み客を把握するためのツールや、買い物かごに入れられたのに購入に至らない商品の傾向を分析できるツールなどのことだ。

 こうしたツールを活用すれば、コンバージョン率などが向上して売上げが伸びる可能性もある。それなのになぜ導入をためらうのだろうか。

「大きく2つの理由が考えられます。1つは、SaaSを利用しなくても、自分たちのいままでのやり方で十分売上げを伸ばせるし、顧客も増やせると考えている企業が多いこと。もう1つは、導入すれば具体的にどれだけの売上げアップにつながるのかという投資効果が見えにくいことです」

 1つ目の理由については、日本の雇用の流動性の低さに原因があると根来氏は見ている。

「辞める人間が少なく、長い時間をかけて磨き上げてきた自分たちのやり方があるので、簡単には変えたくない。欧米は雇用の流動性が高いので、どの会社に転職しても同じように使える“攻めのSaaS”が急速に普及しましたが、日本は事情が異なります」

 しかしながら、現代はVUCAの時代といわれるように、産業や消費のトレンドが目まぐるしく変化し、これまでの“勝ちパターン”がいつまでも効果を発揮し続けるとは限らない。人工知能をはじめとする最新テクノロジーが実装され、機能をアップデートし続けるSaaSプラットフォームを活用しない、という選択は徐々に減っていくだろう。