
東証は2021年6月に人的資本の情報開示を義務化した。さらに、経済産業省が22年5月に発表した「人材版伊藤レポート2.0」で人的資本の重要性などを示したこともあり、「人的資本経営」に対する企業の関心がいっきに高まっている。そこで人的資源管理論研究の第一人者、学習院大学経済学部経営学科教授の守島基博氏に、人的資本経営の必要性と課題、どう実践していくべきかについて聞いた。
人事制度の抜本的な
改革が不可欠
なぜいま、「人的資本経営」が注目されているのか。その背景について学習院大学教授の守島基博氏は次のように説明する。
「まず、カネさえあれば経営ができる時代から、人材がいないと経営ができない時代になったからです。企業が今後、世の中の急速な変化や日進月歩のテクノロジーに対応し、持続的な成長を遂げるには新たな付加価値の創出や非連続イノベーションが欠かせません。そのカギを握るのは、ズバリ、人です。まさに、人材を『資本』としてとらえ、その価値を最大限に引き出して中長期的な企業価値向上につなげる経営が求められているのです」

経済学部経営学科 教授
守島基博氏
MOTOHIRO MORISHIMA 1980年慶應義塾大学文学部社会学専攻卒業。1986年米国イリノイ大学産業労使関係研究所博士課程修了。人的資源管理論でPh.D.を取得。カナダ国サイモン・フレーザー大学経営学部助教授。1990年慶應義塾大学総合政策学部助教授、1998年同大大学院経営管理研究科助教授・教授。2001年一橋大学大学院商学研究科教授を経て、2017年より現職。
そもそも少子高齢化に伴う労働人口の減少により、人材の確保自体が困難になっている。加えて、守島氏は「従業員がかつてのようなモーレツ型から、ワークライフバランスを重視するようになり、仕事や組織に対する意欲やエンゲージメントを高めるのが、以前に比べて難しくなっている」と指摘する。これも人材不足に拍車をかける大きな要因になっている。
多くの企業の関心事は、人的資本の価値を重視する投資家や株主が増えてきたこともあり、どうしても「人的資本の可視化とその情報開示」に偏りがちだが、守島氏は「人的資本を可視化するだけでは不十分」と警鐘を鳴らしている。
「投資家や株主が本当に求めているのは、経営戦略に応じた人材活用が行われているか、人材の能力をしっかりと活用できているか、人材育成にどのような投資を行っているか、それらが企業価値の向上につながっているかということ。そもそも人的資本経営では、経営戦略と人材マネジメントを連動させ、経営目標の実現を目指す戦略人事が求められます。そのためには人事制度の抜本的な改革が不可欠です」
職務に合った人材を配置する
「適所適材」が最も重要
では、人事制度をどのように見直せばいいのだろうか。
「人的資本を最大限活かすには、人材に合った職務を見つける適材適所ではなく、職務に合った人材を配置する〝適所適材〟の発想が最も重要になります。これまで日本の企業は『この優秀な人材をどう使おうか』という発想で人事を行いがちでしたが、必要なのは、逆の発想です。戦略人事で人材を最大限活用するには、職務や役割を明確化し、それに最も合った人材がその職務に就く仕組みにすべきです。そのためには、人的資本の可視化と同時に、職務の可視化も必要となります」
そこで注目されているのが、各ポジションの職務を明確にする「ジョブ型人事制度」だ。
「ジョブディスクリプションによって仕事の内容やミッション、目標、必要なスキル・能力などが明確になれば、適所適材の人材配置が可能になります。加えて、HRテクノロジーを用いて従業員のスキルや経験、実績などのデータを一元管理し、最適なタレントマネジメントを行うことも大切です」