岡 医療の専門家である医師と患者さんでは、情報の非対称性が非常に大きいですよね。そのため、かつては「由らしむべし、知らしむべからず」といった姿勢の医師もいました。医師は患者から信頼されていればいい、細かいことを説明する必要はないということです。
それが少しずつ変わってきて、いまは医療行為について事前に説明し、患者さんの同意を得るインフォームドコンセントが当たり前になってきました。これからは、単に説明するだけでなく、患者さんがどうしてほしいのか、どんなことを知りたいのかをよく聞きながら、治療のあり方を一緒に考えていく患者中心主義にどんどん変わっていくべきだと思います。
敬和会ヘルスケア・スマートリンクについて、患者さんの囲い込み戦略だと誤解されることがあるのですが、それはまったく違います。たとえば、私どもの介護施設の入居者のうち7割は外部からの紹介で、法人内部からの紹介は3割にすぎません。
ここは職員に口を酸っぱくして言っているのですが、けっして囲い込みはせず、あくまで患者さんに選んでいただくことが大前提です。敬和会の医療サービス、介護サービスがいい、よその施設で受けられない治療やケアを受けられるから敬和会を選ぶ。そう思われる施設になろうと言っています。
北原 患者が望むケアを、希望する場所で受けられるようにするということですね。

Yutaka Kitahara
デロイト トーマツ コンサルティング
ディレクター
岡 法人の利益だけを考えれば囲い込んだほうがいいでしょうが、私が患者やその家族として同じ立場に置かれた時、自分が望まない治療は受けたくありませんし、望まない施設には行きたくありません。自分たちが嫌だと思うことは、患者さんにしないということが基本にあります。
多様性を活かして患者にとってベストなケアを提供
中村 患者中心の医療を行っていくうえで課題となるのが、治療やケアに関わる多様な専門職が連携しながら患者の要望を実現したり、アウトカムを高めたりしていくことです。医療は専門分野がはっきりしているだけに、多職種連携の難しさがあります。

Ryota Nakamura
デロイト トーマツ コンサルティング
シニアマネジャー
岡 基本はコミュニケーションですよね。急性期の病院などではチーム医療が前提となっていますが、医療という業務の性質上、医師が絶対的な権限を持ち、責任を負っています。そこにはどうしてもヒエラルキーが生まれます。
しかし、病気が治って社会復帰するまでチーム医療を行うことを考えた時、リハビリや食事などを含めて総合的なプランを立てなくてはなりません。そうなると、医師が知らない知識やタイムリーな情報を持った専門職と活発に議論し、その意見を活かさないと最適なプランを立てられません。
その意味で、私たちはアサーティブなコミュニケーションを非常に大事にしています。つまり、相手の立場を尊重しながら、自分の意見や気持ちもしっかり伝えるということです。価値観やバックグラウンドが異なる人が集まった多様性のあるチームで自由闊達に議論し、よりよいものを生み出していくにはアサーティブな人間関係が欠かせません。
先ほどのデジタル推進委員会と同じように、理事会直下にダイバーシティ推進委員会を設置しており、女性や高齢者、外国人、LGBTQを含めて多様な人材がお互いを尊重し合う環境、カルチャーづくりを進めています。そうした環境やカルチャーが多職種のスムーズな連携を通じた、患者さんにとってのベストなケアにつながっていくと考えています。
患者CRMで一人ひとりの思いや希望に寄り添う
北原 患者中心の医療を実現する基盤として、敬和会ではいま患者CRM(カスタマーリレーションシップマネジメント)の整備を進めていらっしゃいます。敬和会の各施設の診療記録やPHR(パーソナルヘルスレコード)を患者起点で統合・分析し、そこから得られた示唆を統合的な医療に役立てるためのこの基盤整備については、我々デロイトも支援させていただいていますが、患者CRMに対する岡理事長の期待をお聞かせください。
岡 大きくは2つあります。一つは患者エンゲージメントの向上です。私たちは敬和会のそれぞれの施設および各スタッフと、患者さんとの関係を深める取り組みを行ってきましたが、デジタルを利用することで患者さんとのつながりをより深めたいと考えています。一人ひとりのデータを統合的に分析できる患者CRMによって、それを実現できるという期待があります。
もう一つは、地域のクリニックとの連携強化です。大分岡病院は地域医療支援病院(*)の承認を受けており、約300のクリニックと契約しています。こうした周辺の医療機関との連携をさらに緊密に、かつスピーディにしていくうえでも患者CRMへの期待は大きいですね。
*地域医療の中核を担う役割として都道府県知事が承認。かかりつけ医からの紹介患者の受け入れや回復期患者の逆紹介、救急患者の受け入れ、医療機器の共同利用、地域の医療従事者に対する研修などを行う。
北原 患者さんとのつながりを深めると同時に、その関係性を地域にも広げていく。縦と横のつながりを強化することで、患者中心の医療に近づくということですね。