坪井 その通りです。私の専門はマーケティングですが、広報や商業施設の経営に携わった時に、マーケティングの考え方や専門性を活かしながら仕事をしていました。異なるアンカーを持つ人がそのポジションに就けば、違う強みが発揮されるはずです。専門性を深く掘り下げることで、新たな広がりが生まれます。

古澤 たしかにそうですね。我々コンサルタントも何の専門家なのかを聞かれることがよくあります。自分が提供できる価値を明確に伝えないと、お互いの信頼の基盤ができません。相手は何ができるかを理解すると、コラボレーションの方向性を見つけやすいですし、逆にそれができないと協力していくのが難しいです。

坪井 日本ではゼネラリスト的な人財育成が一般的で、海外ではジョブ型の専門性を重視する傾向にありますが、キリングループは専門性と多様性を組み合わせるハイブリッドなアプローチを取っています。ここでいう多様性には、個人の内なる多様な視点や経験と、チームとしての人財の多様性の両方の意味があり、私たちはその両方を大切にしています。

坪井純子
Junko Tsuboi
キリンホールディングス
取締役常務執行役員

キャリアコース別の新卒採用にトライ

上林 専門性と多様性を兼ね備えたハイブリッドな人財は、ハードルが高いと感じる人もいそうですが、社内ではどう受け止められていますか。

坪井 世代やキャリア観によって違うでしょうし、さまざまな受け止め方があると思います。技術系の職種は従来から専門色が強いですし、事務系でも法務や財務などはそういう面があります。一方、当初はゼネラリスト的な採用で、所属する事業や機能の経験を通じて結果として専門性を培ってきたメンバーもいます。そこに機能軸といいますか、自分のアンカーとなる強み、ほかの事業に移っても発揮できる強みを加え、自律的にキャリアを描いていけるようにする。いまはその移行期間です。

 たとえば、キリンHDの来春(2024年)入社の新卒社員から営業系、マーケティング系、デジタル系といったコース別採用に初めてトライしました。現在の社員は技術系、事務系といった分類で入社していましたので、これから自律的なキャリア形成、主体的なジョブデザインを本格的に進めていくことになります。

古澤 コース別採用を行うに当たって、学生さんから「まだ決められません」「入社してから決めたいです」といった声はありませんでしたか。

坪井 ありました。一方で、どこに配属され、どんな仕事をさせられるかわからない「配属ガチャ」に不安、不満を持つ学生さんも少なくありません。ですから、コース別に採用したうえで、たとえば状況によっては本人の希望でコースを変えられるよう、柔軟性を持たせていくことも必要だと考えています。

 どのコースに決めればいいのかわからないという学生さんについては、採用エントリーしてから最終決定までに若手従業員との対話やインターンシップなどの機会もありますので、そうした場でいろいろな声を聞きながら決めるという人が多かったですね。

古澤 日本と欧米の採用を比較した場合、大きな違いの一つはオンボーディング(入社後の定着や活躍を組織的にサポートするプログラム)の充実度です。日本では入社直後に短期間の集合研修を行った後は、配属先に任せてOJTを行うのが一般的ですが、人財の流動性が高い欧米では、入社後の数カ月でその人が定着するかどうかがほぼ決まってしまうといわれています。

 ですから、オンボーディングの段階でいろいろなサポートプログラムがあって対話の機会をつくったり、頻繁にアンケートを行って離職の予兆がある人がいたら所属部門にフィードバックしてフォローさせたりといったプロセスができ上がっています。ピープルアナリティクス(人事に関するデータ分析・活用)が普及してきたことで、離職の予兆がかなり正確にとらえられるようになりました。

坪井 当社でもキャリア採用が増えていて、年間採用人数の4割ほどがキャリア採用です。お話にある通り、キャリア採用の人たちのオンボーディングプログラムはもっと充実させる必要があると考えています。