キャリア形成の基本は「CSV」と「人間性の尊重」
古澤 先ほど、自律的なキャリア形成を進めるというお話がありましたが、社員の自律化はいろいろな会社でキーワードになっています。少し前までは、ベテラン社員の自律化に課題感を持つ企業が多かったのですが、我々が毎年行っている調査では、30代を中心とする日本のミレニアル世代の自律性が低下しているという結果が出ています。
若い頃には自分のキャリア形成に意欲的な人も、希望通りに異動できないことが続くと意欲が低下します。また、結婚して子どもができると自己投資にかけられる時間もお金も限られて、キャリアの選択肢が徐々に狭まっていくこともあります。そういった理由で、だんだん元気がなくなってしまう。日本を元気にするためにも、自律的なキャリア形成ができる環境整備は、社会全体の問題だと思います。

Tetsuya Furusawa
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
坪井 人生観や仕事観は人それぞれなので一律の解決策はありませんが、当社としての基本的な考え方は、やはりCSV(共通価値の創造)です。私たちがCSVを経営の根幹に据えてから10年ほどになりますが、CSVとは簡単に言えば会社と社会がウイン・ウインの関係を築くことです。そして、キリンにはもともと「人間性の尊重」という人事の基本理念があります。それは、「従業員と会社はイコールパートナー」という考えです。
古澤 まさに人的資本経営そのものですね。
坪井 人的資本経営という言葉が世の中に出てくるより前からそれを基本にしていました。従業員と会社がウイン・ウインで、会社と社会がウイン-ウインならば、個人と会社と社会はウイン・ウイン・ウインになります。従業員が仕事を通じて成し遂げたいことが会社の価値になって、それが社会との共通価値になる。それを考えていくのが自律的なキャリア形成だと思っています。
古澤 なるほど。自分がウインの状態、幸せな状態になるためにはどうしたらいいかという問いかけが一つのヒントになりそうです。
坪井 私たちの世代は、受け身で異動するのが当たり前でしたが、これからは能動的にキャリアを描く時代です。当社では、従業員の「ウィル」(Will:仕事を通じて実現したいこと)を起点に「キャリアコミュニケーションシート」をつくって、直属のリーダーが面談しています。
ウィルを異動願いと勘違いする人もいますが、私たちが知りたいのは仕事を通じて会社や社会に対してどんな価値を生み出したいかということで、個人としてのパーパスに近いものです。それがクリアになっていない人もいるので、上司との面談や少人数でのワークショップなどを通じて言語化していくことが大事だと思います。
古澤 臨床心理学でも、言語化して、周りからフィードバックをもらうことで内省に切り替えるという手法があります。言語化するのは大事ですよね。
人的資本経営のストーリーをもとに投資家と対話
上林 御社の取り組みの一つひとつが、しっかりと意味付けされていることがよくわかりました。我々は人的資本経営を実践するうえで重要なのは、センスメイキング(腹落ち)だと考えています。会社がどこに向かっていて、そのために何に取り組んでいるのか、そうした一つひとつの事象に納得できる意味付けを行って、従業員が自律的に動けるようにしていく。それを先頭に立って進めるのがCHRO(最高人事責任者)の役割ですが、坪井さんご自身はセンスメイキングの力をどうやって培われたのですか。

Shunsuke Kambayashi
デロイト トーマツ コンサルティング
執行役員
坪井 先ほど申し上げたように、私自身はマーケティングをアンカーにしながら、いろいろな仕事をしてきました。人事総務戦略の担当役員になってからも、自分の強みをいまの仕事の中でどうアウフヘーベン(止揚)できるかを考えてきました。
マーケティングの仕事では、お客様のインサイトを深掘りして、それに応える共感のコミュニケーションをしていくわけです。お客様を従業員に置き換えれば、多様な価値観を持っている従業員の、どういう価値観に対してどう共感を得られるコミュニケーションをしていくか。人事部門は私が着任する前からそういう問題意識を持っていて、従業員との対話の機会を増やしたりしていたので、私はそれを後押ししています。
また、人事部門だけではありませんが、人事制度をつくったり、人事異動や採用の準備をしたりするなど、具体的なタスクに強くコミットして携わっているからこそ、自分の仕事が会社や社会にとってどういうバリューを生んでいるのか必ずしも意識していない時もあります。そこに意味付けをして、みんなを後押しするのも私の役割の一つだと思っています。