鉢村 やはり事業の側にいると、牽制機能よりサポート機能のほうがどうしても強くなります。たとえば、個別の投資案件を通すか通さないかという話になれば、事業側にいるファイナンス人材は何とか通したいと考えます。ですから、牽制機能については本社サイドである程度引き受けざるをえません。
ただ、先ほど言った通り、ファイナンス組織の社員は、本社と事業側をローテーションしながら、多様なスキルを身につけさせています。そうした人材が事業の側にいれば、本社にいるよりも事業のことをよくわかったうえで、適切な判断をしてくれるはずです。それでも判断に迷うような案件は、本社で引き受けます。
そういう意味もあって定期的にローテーションしているわけで、同じ事業部門にいるのは、だいたい3〜5年程度です。
どれだけ制度を整えても、肝心なのはどう運用するか
信國 事業側にいてもファイナンス組織の人材は、本社が人事評価するのですか。そのための専門チームが本社のファイナンス部門にあるのでしょうか。

Yasushi Nobukuni
デロイト トーマツ グループ CFOプログラム カントリーリーダー
鉢村 当社には原籍制があって、原籍がファイナンス部門であれば基本的に私が評価しています。全部で480人ほどですから、入社して間もない若手は別にして、どこでどんな仕事をしているかはすべて把握しています。
信國 CFOとして多忙な中で、一人ひとりとコミュニケーションを取りながら評価するのは大変ではありませんか。
鉢村 私が委員長を務めている投融資協議委員会の仕事とIRにはかなりの時間を取られますが、それ以外は基本的には各部長に任せるようにしています。人事に多くの時間を割くようにしており、できるだけ社員とコミュニケーションを取っています。事業側にいる社員や海外赴任している社員とも、オンラインでのグループ面談を含めて3カ月に一度は必ず話すようにしています。
近藤 御社が人的資産を大切にしていることは以前から知っていましたが、それを象徴するエピソードですね。
鉢村 当社でも働き方改革や健康経営、女性活躍などに関連してさまざまな取り組みを行っていますが、どれだけ制度を整えても肝心なのはどう運用するかです。それは経営者や部門責任者の仕事です。
いまの仕事や働き方、キャリアプランなどについてどんな課題や悩みを抱えているのか。それは一人ひとり違うので、直接聞くしかありません。そのうえで制度をどう活用するか、どんなキャリアパスを描くかを一緒に考えます。異動もほとんど私が決めています。
近藤 そこまで人事や従業員エンゲージメントに時間をかける内発的動機は、どこから来ているのですか。

Yasuhiko Kondo
デロイト トーマツ グループ CFOプログラム カントリーリーダー
鉢村 よくいわれることですが、商社は人が資本です。それに当社の場合は、ルーツも関係しています。創業者である伊藤忠兵衛(初代)は、「三方よし」で知られる近江商人です。
近江商人は国元を離れて行商したり、他国に支店を出したりしながら商売を広げました。他国で信用されない人間は商売させてもらえないし、お客様もつきません。だから、「売り手よし、買い手よし、世間よし」が商売の原則で、商売をしている本人、その個の力が本当に重要であり、顧客や世間との信用関係が資本なのです。
当社の従業員数は4000人強(単体ベース)で、総合職だけだと3300人くらい。事業規模から言ったら、少ない人数で運営しています。だから、個の力、強さが圧倒的に大事で、そこに左右される部分が大きい。もともと個性の強い人材が集まる会社ですが、その個性を伸ばし、多様性を受け入れ、活かしていく。そうしないと会社は強くならないし、若い人たちが留まってくれません。