サマリー:デジタル競争力の向上につながるものとして「デジタルエシックス」(デジタル倫理)がある。デジタルエシックスの国内の意識と事例を紹介する。

「デジタルエシックス」が世界の新たな潮流になりつつある。2024年2月28日には『デジタルエシックスで日本の変革を加速せよ──対話が導く本気のデジタル社会の実現』(ダイヤモンド社)という書籍も刊行された。日本でもデジタルエシックスの取り組みは始まっており、NECもその支援に向けたサービスを開発している。その現場に足を運んでいる担当者を含め、本書籍の執筆に携わったNECの各方面の専門家たちに話を聞いた。

日本でデジタルエシックスが定着するカギとは

 生成AI(人工知能)の急速な進歩と普及をきっかけに、プライバシー保護、公平性や透明性などにおいて、今後キーワードとなるのが、「デジタルエシックス」(デジタル倫理)だ。日本ではまだ馴染みがないが、デンマークなどのデジタル先進国では、デジタル技術を推進し、企業の競争力を上げるためには欠かせないものとして、すでに取り組みが進んでいる。

 顔認証で世界をリードするNECは、いち早くデジタルエシックスに注目。デジタルエシックスを意識したものづくりはもちろん、外部パートナーへの啓発も行っている。

 NECコンサルティングサービス事業部門長の井出昌浩氏は、企業や公共機関に接する中で、日本のデジタルエシックスに対する意識について次のように感じている。

NEC コンサルティングサービス事業部門長
マネージングディレクター
井出 昌浩 氏

「海外ではデジタルエシックスが新たな潮流になっていますが、日本では認知度が低く、その重要性も意識されていません。だからといって国内の企業の倫理観が低いわけでもありません。もともと倫理観や道徳観が高い人が多く、デジタルエシックスについては、個人それぞれが意識し、行動している一方で、組織として十分に共有・構築されていないのが現状と思います」(井出氏)

 NECフェロー室長の松本真和氏は、中央省庁や大手通信キャリアを経てNECに入社。その中で、日本の企業や公共機関における意思決定の難しさを感じることもあったという。

「前職で、遠隔医療など新技術を活用した事業化を行うに当たって必要な法体系や制度を議論し、国や業界団体と政策形成を行う業務に携わっていました。しかし、社会をよりよくできる新しいビジョンや技術が生まれても、なかなか前に進まないことが多くありました。なぜそのようなことが起こるのか。いまから思えば、それは判断基準となる軸が双方で共有されていなかったからでしょう。デジタルエシックスは、新しいものを創造する際の検証のツールとなり、迅速な意思決定にもつながります」(松本氏)

 NECグローバルイノベーション戦略統括部産学官連携コーディネーターの伊藤宏比古氏は、市民参加型によるイノベーションワークショップの運営や産学官連携でのAIガバナンスに関する人材教育に携わってきた。

「それらに取り組むことで気づいたことは、多様な立場の方と議論すると、皆さんそれぞれで異なる当たり前(≒倫理)を持っており、協調的に活動するには、いかにその違いを認識しながら、お互いに納得できるところを見つけられるかが非常に重要であるという点です。それぞれの国や立場によって、それぞれの当たり前を持っているという観点からみれば、日本はデジタルエシックスが遅れている、とは一概にはいえないのではないでしょうか」(伊藤氏)

 ⽇本には、⾒えにくいがデジタルエシックスの⾏動様式がある。後はそれをいかに⼀般的に活⽤できる形で、体系化して、共有していくか。そして、デジタル化のプロセスで取り⼊れていくかだ。次ページでは、NECがデジタルエシックスの観点から支援した国内の成功事例と、デジタルエシックスを定着させるために不可欠なAI人材の育成について紹介する。