医療の「2024年問題」の課題解決に貢献

NEC フェロー室長
松本 真和 氏

 日本ではデジタルエシックスへの取り組みは緒に就いたばかりだが、すでに成功事例も生まれているようだ。松本氏は次のように紹介する。

「東北大学病院では医師の働き方改革に向けた当社との共創活動を通じ、病院業務におけるAI活用を技術とエシックスの両方の観点から検討しました」

 2024年4月から医師の働き方改革として、時間外労働時間の上限規制が始まる。しかし多くの病院では、医師は過重労働状態で、いかに医療の質を落とさずに業務を効率化し、医師の労働時間を減らすかが課題になっている。医療におけるAIの活用も選択肢の一つだが、患者の生命に影響を及ぼさないように安全性や透明性をさらに高める必要がある。

拡大する
技術難易度と診療情報におけるエシックスの観点からリスク分析を行い検討。書籍ではその過程と各項目についても言及している。

「東北大学病院では、Alを活用した医療業務の課題解決を進めていました。Al活用の実現性を検討するためにまず行ったのは、医療従業者の業務の洗い出しです。そして、『技術難易度』と『診療情報におけるエシックス』という2つの観点からリスク分析をし、難易度が高過ぎず、デジタルエシックスの観点から見て高い効果が期待できる業務から、AIを活用した効率化に取り組みました。実証中ではあるものの、その効果として、抽出された優先度の⾼い業務の⼀つである医療⽂書作成に関わる時間を平均47%削減できることが確認されています」(松本氏)

 やみくもに行うAI活用ではなく、デジタルエシックスの観点で分析し、倫理的リスクを排除しながら業務効率向上という効果につながっている。

 今後、デジタルエシックスが企業や公共機関で定着するためには人材がカギになると伊藤氏は話す。そのための取り組みも始まっている。

拡大する
「NECアカデミーfor AI」は、超スマート社会(Society5.0)の実現に向け、AIを活用して社会課題を解決するため、AI人材を育成する学びと実践の場を提供。
https://jpn.nec.com/nec-academy/

「AIを利活用する際には必ず不確実性が伴います。その不確実性にどう対応するかを考え、問題を解決できる人材が必要です。NECでは2013年からAI人材育成に取り組んでおり、『NECアカデミー for AI』というAIの学びと実践の場を設け、大学と連携して人材育成の研修プログラムについての共同研究を行っています。東京大学との共同研究においては、先ほど述べたように、立場の違いによって異なる不確実性に対する考え方を認識したうえで、さまざまなステークホルダーが納得する合意形成を促す方法論について学ぶ場を創出する狙いがあります」(伊藤氏)

 NECがこのような支援や取り組みを通してデジタルエシックスに関する知見を蓄えるとともに、それらを社会と共有する取り組みを進めている。

「デンマークの国立機関であり、『デジタルエシックスコンパス』といったツールなども開発しているデンマークデザインセンターCEOのクリスチャン・ベイソン氏を招いたシンポジウムや、デジタルエシックスコンパス活用のためのワークショップなども開催し、多くの方にご参加いただきました」(松本氏)