リアル・リーダーは「クルーシブル」を糧にする

 我々は長年リーダーシップの研究に携わってきた立場から「リーダーはどのようにして生まれるのか」というテーマに強い関心を寄せている。

 世のなかには生来、周囲に自信を与え、忠誠心を引き出し、熱心に仕事をさせる術に長けた人がいるようだ。一方で、ビジョンや知性の面で引けを取らないにもかかわらず、つまずいてばかりの人もいる。なぜだろうか。

 これは永遠の問いかけであり、答えはけっして単純なものではない。そこで、逆境とどのように対峙するかにヒントが隠されているのではないかと思い至った。事実、先頃実施した調査では、真のリーダーシップを備えているかどうかは、逆境に意味を見出せるかどうか、途方もない試練に直面した際に、そこから何かを学び取れるかどうかといった点から判断できることがわかった。言い換えれば、試練に直面してもそれを乗り越え、以前よりもさらに強い意志を抱いてこそ、傑出したリーダーといえるのだ。

 シドニー・ハーマンを例に取りたい。いまから34年前、当時48歳だったビジネスマンのハーマンは、執行役員のポジションに2つ就いていた。知人と共に設立したオーディオ部品メーカー、ハーマン・カードン(現ハーマン・インターナショナル)のCEOであり、フレンズ・ワールド・カレッジ(以下フレンズ・ワールド。現ロングアイランド大学サウスハンプトン校フレンズ・ワールド・プログラム)の校長という顔も持っていた。同校は「経験主義」を掲げたクエーカー教系の学校で、「教師に頼ることなく学生が自身の責任で学び、力を伸ばす」という哲学を強く信奉している。

 ハーマンはこれらの2つの役職を器用にこなしながら「一度に2人分の人生を送っていた」という。車中で着替えながら、ハーマン・カードンの事務所、工場、フレンズ・ワールドのキャンパスの間を移動し、さらにその合い間に昼食を取るという日々を過ごしていたのだ。そのようなある日、キャンパスにいる彼の元に「ハーマン・カードンのボリバー工場(テネシー州)で大変なことが起きた」という知らせが飛び込んできた。

 ハーマンはすぐさまボリバー工場へと向かった。その工場はハーマン自身の言葉によれば「粗野で薄汚れており、いろいろな意味で恥ずべき場所」だった。到着してみると、研磨部門で難題が持ち上がったということだった。

 そこは鏡などを磨く部署で、アフリカ系アメリカ人を主体とした10人前後の工員が、不健康な環境で酷使されていた。慣例では、夜間シフトは午後10時に休憩を取るのだが、その晩はブザーの調子が思わしくなかったため、マネジャーはあえて休憩時間をずらすことにして、ブザーを午後10時10分にセットした。それに続く出来事については、ハーマンの言葉を通して説明したい。