——では、まず「シナリオで見る」切り口についてご説明ください。
本井 10年後、20年後、30年後の未来像を一つに決め打ちするのは難しいですし、シナリオ通りにいかなかった場合のリスクが大きすぎます。ですから、不確実性を織り込んでいくつかのパターンを描き出し、それぞれの状況に応じて自社の戦略を検討するシナリオプランニングの手法を用います。それを産業レイヤーに適用するわけです。
産業シナリオをつくる大きな意義は、その産業の真のイシューを捉えることにあります。メガトレンドによって、自社が属する産業が将来どんな分岐点に行き着くのか、その時にどの道を選ぶべきか、あるいは何らかの働きかけによって新しい道を切り拓くことができるのか。最終的には戦略に落とし込んでいくので、産業シナリオをつくりながらその点を見極めることが大事です。
 
Nakanobu Motoi
デロイト トーマツ コンサルティング マネジャー
モニター デロイト/ストラテジー
企業アイデンティティと産業イシューの接点から戦略シナリオが見えてくる
本井 いまは産業の垣根が崩れ始めていて、境界線がどんどん曖昧になっています。自動車が電動化したことで、IT企業がEV(電気自動車)市場に次々参入しているのが象徴的な例です。産業トレンドの変化には受動的な面と能動的な面があり、それによってつくるべき産業シナリオが変わってくるのが難しいところです。
受動的な変化としてわかりやすいのは、IPCC(気候変動に関する政府間パネル)が一連の気候変動シナリオを示したことで、幅広い産業のトレンドが変わり、企業の意思決定に大きな影響を及ぼした例です。
一方、能動的な変化とは、みずからがデコンストラクション(脱構築)を仕掛けて産業を再定義し、新しい産業トレンドをつくり、そこで自社の優位性を伸ばしていくことです。こちらのほうが戦略的なうまみが大きいことは想像に難くありません。
ただ、デコンストラクションはリスクが大きいし、時間もかかります。10年単位の時間をかけて能動的に変化をつくり出すには、従業員をはじめとするステークホルダーがぶれずに同じ方向に進める大きな軸が必要です。その軸となるのが、パーパスです。
とはいえ、パーパスを導き出すのも簡単ではありません。世の中がこう変わるという外的な変化のみを起点にパーパスを策定しても、行動の軸として長続きしませんし、経営者が意思決定する際の軸としても弱い。
デコンストラクションに限らず、長期のシナリオに基づいて意思決定する際に、経営者には十分な情報がありません。確からしい、完璧な情報が揃わない中で、意思決定には当然リスクが伴います。その中で適切にリスクを取るには、深いコミットメント、経営者自身の強い意志や、従業員などのステークホルダーがついてきてくれるという確信が必要です。その源になるのが、組織としてのアイデンティティであり、パーパスはそこから導き出すべきものだと私たちは考えます。
ですから、メガトレンドを産業トレンドに落とし込み、産業シナリオを描いて産業イシューを見つけ出すという外部起点の検討に続いて、自社のアイデンティティは何かという組織の内面や意思決定の歴史を探る検討を行う。それに続いて、詳細な市場分析や自社のリソース評価を始めないと、見つけ出した産業イシューに基づいた自社の長期戦略を構築することは難しいでしょう。
創業から時間を経た日本企業には、数多くの転換点となる意思決定があったはずです。であれば、内側を探っていくことで、自分たちの自負やプライドにつながっているアイデンティティが必ず見つかるはずです。そのアイデンティティと産業イシューの接点から、戦略シナリオが見えてくるのではないでしょうか。
 
     
     
    