———次に、「ルールから見る」産業トレンドについて解説していただけますか。
佐折 産業トレンドにおけるルールとは、「産業の構造を規定する力」といえます。法的な拘束力を持つハードローだけでなく、公的なガイドラインや国際標準化規格などのソフトロー、さらにはプラットフォーマーなど社会的な影響力が大きい企業が定めた運用規定、調達規定なども含め、広く見ることで産業構造や競争すべき領域が浮かび上がってきます。
たとえば、再生可能エネルギーで発電された電力を電力会社が一定の価格で一定期間買い取るFIT制度(ハードロー)ができたことで、太陽光発電がマネタイズ可能になり、発電設備を設置する事業者がいっきに増え、日本でも再エネの導入量が大きく増加しました。
しかし近年では、電力買取価格が下落する中で、発電設備だけでなく、蓄電設備の需要が高まっています。これは、2021年に創設された需給調整市場の整備(需給調整市場ガイドラインなどのソフトローに基づく取引)によるものです。
従来、蓄電池は再エネ利用の効率を上げるものの、必ずしも直接大きな収益をもたらすものではありませんでした。しかし、需給調整市場で蓄電池が再エネ電力を吸収・放出し、需給を調整する力(調整力)自体に対価が支払われる仕組みが整備され、金銭価値が高まったことで、蓄電池の設置によって継続的に儲かる構造が生まれました。
近年では、あるプラットフォーマーによって、特定メーカーの家庭用蓄電池同士を仮想的につなぐことで、効率よく調整力を販売するサービス構造も生まれつつあり、一部地域では圧倒的なシェアを獲得しているなど、影響力の大きい企業による独自規定やサービス構造が今後の競争環境を規定していく可能性もあります。
このようにルールが変わることで価値創出のポイントや担い手が代わる事例は、至るところで見受けられます。ですから、産業トレンドにおいてルールという切り口は欠かせないものです。
 
Shunta Saori
デロイト トーマツ コンサルティング シニアコンサルタント
モニター デロイト/ストラテジー
世の中に必要なルール形成を主導するのは、企業の社会的責任
佐折 先ほど本井が受動的な変化と能動的な変化について触れましたが、ルールについても同じことがいえます。ルールにも受動的に従う面と、能動的につくり出す面があります。日本が強みを持つ産業でも、温暖化対策や循環経済の国際ルールづくりでは後手に回っている場面が多い印象がありますが、かつては家電製品の規格や通信規格づくりを日本がリードしていたことがありました。最近でも、日本の空調機器メーカーが海外で省エネ基準づくりに積極的に関与し、自社の省エネ製品のシェアを伸ばしている例があります。
ハードローもそうですが、特にソフトローの場合、多くの人と価値観を共有できるもの、社会に広く恩恵が及ぶものであれば、業界を代表するような大企業でなくても、みずからリードして新たなルールを形成していくことは可能です。
その時に我田引水のルールづくりに終始するとうまくいきません。短期的には儲かっても、中長期的には国内産業の競争力を弱めて海外企業に後れを取るケースも少なくありません。やはりメガトレンドと産業トレンドを深く読み解いて、消費者や社会にとっての価値がどこに生まれるのか、その価値を届けるために産業全体としてどのようなルールが必要で、そうしたルールの中で自社が能動的に関わっていけるのはどこかを見極めることが必要です。それをもって事業戦略としてのルール形成がなされていきます。
革新的な技術を使った製品・サービスが続々と登場し、瞬く間に普及するなど社会の変化が速く、複雑になる中で、政府主導での経済発展ができた明治期や高度成長期と異なり、政府レベルでの産業ルールの構想は、専門性・スピードともに難易度が高まっています。ステークホルダーの賛同を得ながら、これからの世の中にとって必要なルール形成を主導していくことは、企業の社会的責任の一つだといえます。
 
     
     
    