———では最後に、「技術で見る」切り口についてお願いします。
三宅 技術の優位性が事業の成否を決めるようなテクノロジードリブンの産業・企業においては、技術トレンド分析は当たり前に行われています。ただ、トレンドを見る時のスコープが、自社の中核技術とその周辺技術に限られてしまっているケースが少なくありません。
将来においては世の中自体が変わっていて、シナリオやルールも変わって産業が脱構築されてしまった時には、価値を生む技術もまったく別のものになっている可能性があります。いまの産業を前提にした無意識のバイアスがかかっている場合、見たけど見えていない、ということになるのではないかと思います。

Rina Miyake
デロイト トーマツ コンサルティング シニアマネジャー
モニター デロイト/ストラテジー
不確実性や複雑性が高い環境ほど、(小さな変化が時と場所を隔てて大きな変化を生む)バタフライエフェクトが起きやすくなります。自社とは関係のない国や地域、業界で生まれたスタートアップが、やがてディスラプターとなって自社の存在を脅かすという事態が発生しやすい時代なのです。
ですから、自社とは関係ないと簡単に切り捨てないで、広い視野で技術トレンドを見ること、そして、この技術が産業トレンドや自社の経営に影響を及ぼすとしたらどんな可能性があるだろうかと想像力を働かせることが重要です。「風が吹けば桶屋が儲かる」の例えのように、自社に想定外の利益をもたらす可能性もあるわけです。
同じことは、テクノロジードリブンではない、ニーズドリブンの産業・企業についてもいえます。タクシー業界にとってのウーバー・テクノロジーズ、宿泊産業にとってのAirbnb(エアビーアンドビー)のようなディスラプターがどこから出てくるかわからないからです。
最近ではAI(人工知能)がいい例ですが、新しい技術が現れると、すぐに自社の事業でどう使うべきかと考えがちです。それが悪いわけではありません。AI×創薬、AI×金融、AI×農業と新たな勝ち筋を描けるなら、どんどん活用すべきです。
ただし、先端技術が社会実装される過程で、社会的な認知や受容性などの点から世の中の当たり前にならなかったり、物理的なインフラでは長い時間がかかったりするものがあります。それに、先端技術がユーザーや社会が求める価値の提供に最も役立つかというと、そうとは限りません。枯れた技術であっても、使い方次第で大きな価値を生むことがあります。それもバタフライエフェクトの一つです。
将来の世の中や産業では、イシューもいまと異なります。それを見つけ出して、パーパスを踏まえて自社で解決すべき課題を特定し、そこで価値を生む技術は何かと落とし込んでいく。そういう姿勢が大事だと思います。
「産業トレンドを見ました」で終わらせない
———つまり、3つの切り口は独立したものではなく、3方向から見ることで産業トレンドが立体像として浮かび上がってくるイメージでしょうか。
佐折 ルールを見る時にも、周辺産業を含めて広く捉えたうえで、カギを握る技術は何かを考えます。
本井 シナリオを書く時は、テクノロジーやルールの動向を押さえることは必須ですし、産業イシューを見つけるためにも3方向から見る必要があります。
佐折 いずれにしても、産業トレンドを見てどう戦略を立てるかという視点だけではなく、トレンドをつくりにいくというオプションを常に頭に入れておくことが重要です。それは戦略策定を担当する人だけではなく、知財や法務などルール形成に関わる人、技術開発や研究開発部門の人、営業やサービスなど顧客接点の最前線にいる人などすべてにいえることです。そういった能動的な精神を持つことが特に日本の場合、企業成長に欠かせないのではないでしょうか。
三宅 大きな組織の場合は、戦略シナリオを書く人、ルール動向を見る人、技術トレンドを追う人が別々の部署にいて、せっかく見えたものが共有されず、うまくつながっていかないこともあります。収集・分析した情報から浮かび上がった産業トレンドを伝えるべき部署と伝える形をあらかじめ決めておき、可視化したものをバトンとして受け渡して、戦略や事業の議論の糧にしていく。能動的にアクションを起こすには、そういうことも必要かもしれません。
三室 産業トレンドを見ました、産業構造はこう変わりそうです、で終わらせないで、むしろそこを起点に戦略的な思考を深め、企業活動に徹底して落とし込む必要があります。
本井 長期戦略を立て、実行するうえでは、事業ポートフォリオ、自社を取り巻くエコシステム、企業組織、ガバナンスなども、一貫性を持って再設計していくことが必要になります。自社が率先して、産業トレンドを起点にそうした大きな変革、デコンストラクションができれば、日本企業の持つポテンシャルを存分に発揮できると信じています。
