寺部 まずミクロレベルについて言うと、量子コンピュータは量子の性質を利用しているため、分子・原子のシミュレーションに非常に適しています。たとえば、創薬や材料開発において分子・原子の振る舞いを計算する量子化学計算は、計算量が膨大です。そのため、シミュレーションはある程度の近似をせざるをえないのですが、近似が入ることで実物の振る舞いとは異なるため、試作の回数も多くなってしまいます。

 量子コンピュータを使えば、劇的に計算時間を短縮できるようになることが期待されます。そのシミュレーション結果を空間コンピューティングで可視化することで、創薬や材料開発の生産性が飛躍的に高まります。

寺園 ミクロとマクロの中間レベルでは、人体シミュレーションの例が挙げられます。高精度な量子センシングによる細胞レベルでの診断、空間コンピューティングを使ったセンシング技術とAIによる臓器や血管などのプロトタイピング、量子コンピューティングによる膨大な計算量が必要な人体構造・機構のシミュレーション統合などにより、病気の早期発見や新たな治療法の開発、本番さながらの手術トレーニングといったユースケースが想定され、一部は実証的な研究が進んでいます。

 マクロレベルでは、市場や商圏の高度なシミュレーションが進みます。たとえば、動的なデータセットを使った金融市場シミュレーションの試みはすでに始まっています。また、一人ひとりに個性や特徴を持たせたデジタルキャラクターの集団が、都市の物理世界を再現したデジタル空間上で店舗を出店した時にどう反応するかといったシミュレーションを高精度に行うことができるようになるでしょう。

 いずれも、量子コンピュータの桁違いの計算能力や量子AIとの組み合わせで、飛躍的な進歩が期待できます。

鏡の世界を実現する技術コラボレーション

——デロイトでは、鏡の世界を実現する取り組みとして、何を行っていますか。

寺園 2023年秋に開設した、スマートファクトリーを体験できるイノベーション施設「The Smart Factory by Deloitte @ Tokyo」(*2)では、製造ラインのデジタルツインを構築し、センシングデータに基づく故障予知やトラブルシューティングなどを生成AIが支援する環境を実現しています。また、Deloitte Tohmatsu Innovation Parkをミラーリングし、人の位置などのセンシングデータによるリアル・デジタル空間の融合を実現させ、実証実験環境としてご提供しています。

 クライアントとは、人の脳波をセンシングして心理状態を把握し、それによる照明の自動調節、音楽などのコンテンツの切り替え、利用者への接客方法の変更などを制御するプロジェクトも行っています。加えて、自治体とはデジタルツイン空間を利用した地域活性化の検討などを進めています。

寺部 量子コンピューティングの領域では、がんの要因となるタンパク質と薬の化合物の結合性評価を分子シミュレーションで行う実証試験などを実施しています。

——鏡の世界をビジネス実装するうえでのポイントは何でしょうか。

寺園 技術の「コラボレーション」と「オーケストレーション」です。空間コンピューティングでは、AI、XR(クロスリアリティ:仮想現実・拡張現実・複合現実などの総称)、センシング、web3などの技術、データアナリティクスや人間工学、アートなどの専門性をかけ合わせる必要があり、さらにアクセラレーターとして量子技術が加わってきます。

 今後、社会に変革をもたらすようなビジネスやサービスを実装していくうえでは、最初から技術・専門領域を超えて組み合わせることを前提とした発想が重要です。

 私たちデロイト トーマツ コンサルティングは、2023年に30人体制の先端技術R&Dチームを発足させ、専門技術の深掘りと、異なる領域のコラボレーションを加速させることで、技術横断でクライアントをサポートできる態勢を整えています。

寺部 2024年初頭には、日本の量子産業創出に向けて「Quantum Harbor」プロジェクト(*3)を発足させました。量子分野のR&D、ユースケースの企画、ビジネス活用など事業創出を進めるとともに、国内外のプレーヤーとのエコシステム形成、量子人材の育成を手掛けています。

 これは50人体制のプロジェクトで、各インダストリーに精通したコンサルタントと、化学や金融工学、理論物理の博士号取得者といったサイエンティストがそれぞれの専門性をかけ合わせ、さまざまな業界を量子技術で変革していくことを目指しています。

 先端技術R&Dチームの他のプロジェクトとは積極的にコラボレーションしており、化学業界向けに製造ラインのデジタルツインを量子コンピュータとの組み合わせによって高度化する検討を進めたり、ある製造業の2030年をターゲットとしたサービスコンセプト構築のために、AI、センシング、XRなどの技術横断でMVP(実用最小限の製品)開発を支援したりしています。