真のリスクを見分けるために

 この5年間、マクロ経済のショックや危機、さらには誤認警報までもが立て続けに発生し、そのたびに企業のリーダーや投資家はその実態をしっかりと吟味する必要に迫られるようになった。2020年にコロナ禍による大不況が発生した時は、下手をすると2008年のリーマンショックを上回り、1929年の世界恐慌に匹敵する事態になるとまでいわれたものだ。だが実際には経済は短期間で力強く回復した。

 また、2021年に供給不足と需要過多で激しい物価上昇が起きた時は、制御不能のインフレーションが起きて1970年代のおぞましい狂乱物価が再現されると見る人が多数派だった。だが実際には1年でインフレ率が9.1%から3%少々にまで下がった。

 さらに2022年、米国の金利が急上昇した時は、新興国市場で雪崩を打ってデフォルト(債務不履行)が起きると予測されたが、実際にはそうしたことは起きなかった。同じく2022年、目前に迫った景気後退は「必至である」とまことしやかに論じられた。翌2023年にも同じことがいわれた。だが実際には米国経済はしぶとく、こうした悲観論者の予想を退けたどころか、力強い経済成長を実現したのである。

 このため企業幹部や投資家は急激な方向転換を余儀なくされ、二重のコストを払うことになった。金銭的コストと組織的コストである。たとえば、コロナ不況が長引くと読み間違えた自動車メーカーは、2020年に半導体の発注量を減らしたことで金銭的コストを払わされた。コロナ後の旺盛な景気回復期に得られたであろう売上げを逃すことになったからだ。そのうえ、企業のリーダーが誤認警報に過剰反応し、戦略や業務運営、発言内容をいきなり大転換したら、そのリーダーは組織からの信頼を失いかねない。マクロ経済が発する合図を正しく読み取ることが極めて重要なのは明らかである。

 マクロ経済の状況は過去40年ほど比較的穏やかだったので、最近の混乱はとりわけ大きな痛手を企業に与えている。これまで企業幹部の多くは強力で構造的な追い風を受けやすい状況でキャリアを築き、会社を発展させてきた。実体経済の面ではボラティリティが穏やかで景気循環のサイクルは長めだったし、金融経済の面では数十年かけてインフレ率がゆっくり低下し、その結果として金利も徐々に下がってきた。

 さらに世界中で制度的枠組みの集約が進み、おかげで企業幹部はバリューチェーンの世界展開がやりやすくなった。もちろん後退局面も何度かあったし、2008年のリーマンショックはとりわけ過酷だった。それでも過去数十年を振り返れば、マクロ経済リスクが経営会議の議題となることはほとんどなかったのである。

 そうした安定性への信頼感が昨今は揺らいでいる。ショックや危機が再び戻ってきたのだ。しかも、前述のように誤認警報まで一緒に戻ってきた。この先、企業幹部はショックや危機をもたらす要因を理解しておかないと、経済状況と周囲から聞こえてくる言説とが激しいシーソー遊びをする中で、みずからのバランスを保つのに苦労するはめになるだろう。

 ショックや危機は現実の脅威をもたらすが、それらに過剰反応することもまた現実の脅威をもたらす。そして、本物の危機が一つ発生するまでに多数の誤認警報が鳴らされる。したがって、マクロ経済のリスク──周期的変化であれ構造的変化であれ、正負どちらかの変化をもたらす可能性があるのか──をきちんと理解しておくことは、そうした脅威に合理的楽観主義で立ち向かうために絶対に欠かせないのである。