商いの基本に立ち返る

 2004年春、私はマークス・アンド・スペンサー(M&S)の経営を引き継いだが、「意思決定権限をできる限り下のレベルに移す」という、それまでの経営方針が大失敗の原因であることはすぐわかった。大きな意思決定を、それにふさわしい経験のない人がやっていたのだ。

 それまで、各部門のアシスタント・バイヤーたちには、年間3000万~4000万ポンドの買いつけ枠が与えられていた。10部門すべてでそうだといったい何が起こるか、ご想像いただきたい。

 当時のM&Sはまさにそういう状態だった。シニア・マネジャーの許可なしに、3億ポンド以上が自由勝手に使われていたのである。まったくの無秩序で、きわめてリスクの高い状況だった。権限委譲は悪くはないが、それがうまくいくのは、経営陣が部下たちをきちんと監督し、かつ支援している場合に限られる。

 取締役会と監査委員会は1年ほど前から、過剰在庫の問題に気づいていたが、何の対策も講じず、またそのことの責任を負う者もいなかった。私がまず着手したことの一つは、在庫管理の責任者を新たに任命し、在庫過剰と在庫不足の問題を解決するように指示したことだった。

 いまでは毎週月曜日の12時半に、責任者が在庫状況の報告を持ってくる。こうして当社では、注文、倉庫在庫、サプライヤーとの取引数量など、在庫全体を詳細に検討するようになった。問題があれば、深刻化する前に必ず手を打つ。これこそ、私がCEOとして手がけた最大の仕事かもしれない。

 私は在庫管理など、商売の基本──いろいろなコンサルタントの意見に埋もれて、基本がなおざりにされていた──を見直し、強力な経営委員会の支援を仰ぎつつ、M&Sの業績を急落する前の水準に戻そうと努力してきた。

 M&Sは1998年、イギリスの小売企業として初めて年間利益10億ポンドの大台を達成した。しかしそれから数年で、利益は1.45億ポンドにまで下がってしまった。問題は、M&Sが消費者の信頼を失ったことにあった。100年以上も優良企業であった理由を、みずから見失っていたのだ。

 いまは軌道修正に成功したといえる。2006年11月、半期決算の利益額は4.5億ポンド、前年同期比で32.2%の増益である。業績回復の秘密は、あらためて商売の基本に立ち返ったことにほぼ尽きる。